“天才少女”村上茉愛「育ての親」池谷幸雄氏は5歳で感じた「代表になれる」小6でシリバス成功

◆東京五輪 体操女子床運動決勝(2日・有明体操競技場)

 種目別決勝が行われ、女子の床運動で日本女子のエース・村上茉愛(24)=日体ク=は14・166点でメルニコワ(ROC)と並び、銅メダルを獲得した。日本女子の表彰台は1964年東京五輪の団体銅以来57年ぶりで、個人種目では初の快挙。キャリー(米国)が14・366点で金メダル、フェラーリ(イタリア)が14・200点で銀メダルだった。

 五輪メダリスト・池谷幸雄氏(50)が、村上の「育ての親」だ。体操を始めた頃をよく覚えている。「(同年齢の)平均からしてもめちゃくちゃ小さかったが、バランス的には優れていて、筋力は強かった。すごくいいものを持っていたので、日本代表にはなれるだろうと思っていた」

 体操の道へ進むのは、母・英子さんが「(お尻を)拭いたりする時に、この子は股関節の可動域が違うなって」と、おむつ替えから才能を感じ取ったのが始まりだった。2歳の誕生日に室内用の鉄棒、跳び箱を買い与えた。3歳で押し入れから宙返り。とにかく体を動かすことが大好きだった。そして、強くするためにメダリストの池谷氏の体操クラブに通うことを決意。家族で神奈川・相模原市から東京・小平市へ引っ越した。

 村上は5歳から選手コースへ。床運動で銅メダルを引き寄せたH難度の大技「シリバス」も身につけた。きっかけは、トランポリンでの1回ひねりの練習中で、思い切りひねった結果、偶然できていたという。実際に床の上で成功させるまでには約2年かかったが、小6の時に試合で初めて成功。“天才少女”の名がついた。

 池谷氏はおちゃめな一面も明かし、「腹筋50回って言うと10秒くらいで終わって帰ってきた(笑い)。『1、2、3、10、20、30』みたいな感じで数えていた」。ただ、練習中は一人、別次元の輝きを放ち、「女子の中ではズバ抜けて技ができる子でした」と懐かしんでいた。

 ◆池谷 幸雄(いけたに・ゆきお)1970年9月26日、東京・府中市出身。50歳。大阪・清風高時代の88年ソウル五輪に同級生の西川大輔とともに出場。団体と種目別床運動で銅メダルを獲得した。日体大に進み、92年バルセロナ五輪は団体銅、種目別床運動銀。22歳で引退した。

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