やり投げ・北口榛花、パティシエ父の甘くない金言「全力は大前提。通過点であることも忘れるな」

初の五輪に挑む北口榛花
初の五輪に挑む北口榛花
北口を応援するためのスイーツを製作した父・幸平さん
北口を応援するためのスイーツを製作した父・幸平さん
父・幸平さんが作ったエクレア
父・幸平さんが作ったエクレア

 陸上の女子やり投げ予選が3日、国立競技場で行われる。北の大地で伸び伸び育った日本記録保持者・北口榛花(23)=JAL=のパワーの源は甘いお菓子。子どもの頃から大好きなプリンやシュークリームを作るパティシエの父・幸平さん(55)が、まな娘のこれまでを振り返った。

 原点は“二刀流”だった。北口は男の子とサッカーをして遊ぶなど、活発な少女だった。3歳から競泳、7歳からバドミントンを始め、めきめきと上達。恵まれた体格を生かそうと、両親が勧めた競技だった。

 「平日も休日も練習ばかりでしたが、やめたいと言ったことはありませんでした。負けず嫌いでしたから2種目とも一生懸命で。特にバドミントンでは、負けそうになっただけで試合中にも泣いていましたね…。そこから勝ったりもしたんですが(笑い)」

 転機は旭川東高への進学。競泳一本に絞ろうと考えていた矢先、陸上部から熱烈なオファーがあった。競泳を優先しつつ、空き時間にやり投げのトレーニングにも取り組んだ。短時間集中の練習ですぐ頭角を現したが、苦悩もあったという。

 「最初は競泳のコーチにも内緒で陸上もやっていました。しかし、結果が出てしまうと、もう隠せなくて…。本人も悩んでいましたね。それでも、やり投げを選んだので、責任というか覚悟を持って今も取り組めているのだと思います。大好きだったバドミントンでも競泳でもない道に進んだからには、意地があるのでしょう」

 そんな勝負師としての一面を持ちながらも、大好物は幸平さんの作る甘いお菓子だ。新潟などで修業し、現在はアートホテル旭川の製菓料理長を務める腕前で、特にこだわりのエクレアは絶品。北口の原動力だ。

 「昔からカスタード系が好きで、プリンやシュークリームをよく作っていましたね。クリスマスになると一緒にケーキを作ったりもしました。今でも趣味程度には自分で作ったりもしているみたいです。でも、きっと作るよりも食べる方が好きだと思いますよ(笑い)」

 19年に66メートル00の日本新記録を樹立したが、その後は記録が安定せず、60メートルを下回ることも多くなった。コロナ禍で五輪が1年延期となり、拠点としていたチェコへの遠征もできなくなった。苦難を乗り越えてつかんだ五輪切符だが、父の願いはその先にある。

 「本人は、記録も順位も欲しいと思います。けれど、競技人生の次につながる大会にしてほしい。まだ23歳。特別な大会なのは間違いないし、全力を尽くすことは大前提。でも、それと同時に通過点であることも忘れないでいてくれたらと思います」(太田 涼)

 ◆北口 榛花(きたぐち・はるか)

 ▼生まれ 1998年3月16日、北海道・旭川市生まれ。23歳。

 ▼競技歴 3歳で水泳を始め、小学1年で始めたバドミントンは6年時の全国小学大会・団体戦優勝。旭川東高からやり投げに転向し、2015年に日本陸連の若手有望選手育成プログラム「ダイヤモンドアスリート」に認定。日大を卒業後、JALへ。19年10月に日本新記録となる66メートル00を樹立。

 ▼試合中にも… 試合中に自分の試技までの空き時間などがあると、大福やカステラをもぐもぐ。

 ▼「アイス食べたい」 19年5月に日本新(当時)をマークした際のインタビューで、自分へのご褒美を問われると「おいしい物が食べたい。アイスクリームか、お肉」。

 ▼手作りパン 長期遠征を行ったチェコでよく食べられているというパンを自ら焼くが、焦げてしまうこともあるとか。

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