三浦龍司が49年ぶりの五輪決勝進出で注目される3000M障害 一度だけ走った記者がその過酷さを伝えたい

男子3000M障害予選に出場した三浦龍司(ロイター)
男子3000M障害予選に出場した三浦龍司(ロイター)

 東京五輪陸上男子3000メートル障害予選(30日、東京・国立競技場)で、三浦龍司(順大2年)が、自身の持つ日本記録を6秒07更新する8分9秒92の日本新記録で走破し、全体2位で決勝(8月2日)に進出した。

 これは、とてつもない快挙だ。

 日本勢で五輪3000メートル障害の決勝進出は1972年ミュンヘン五輪で9位になった小山隆治さん以来49年ぶり。小山さんは順大の出身で、三浦の大先輩に当たる。

 記録もすごい。その小山さんは1974年に8分21秒6の当時の日本記録をマーク。47年が過ぎた今も日本歴代6位として残る驚異的なタイムだ。その後、日本記録は1980年に新宅雅也さんが8分19秒52、2003年に岩水嘉孝さんが8分18秒93と更新した。そして、三浦の登場である。今年の5月に8分17秒46の日本新記録をマーク。さらに6月に8分15秒99に更新。そして今回、8分9秒92まで短縮した。

 つまり、今年の5月に三浦が日本記録を更新する瞬間まで、小山さんの8分21秒6から岩水さんの8分18秒93まで2秒67を短縮するのに47年を要していたが、三浦が新たな日本記録保持者となった後、わずか2か月で岩水さんが保持していた日本記録を9秒01も縮めた。三浦は、まさに歴史を大きく動かした。

 3000メートル障害。通称「サンショー」。改めて競技概要を説明したい。

 1周の間に障害物が4回、障害物の先に水濠(すいごう)がある大障害が1回。3000メートルを走る間に、障害を28回、大障害を計7回、飛び越える。

 障害物の高さは男子が91・4センチ、女子が76・2センチ。足をひっかけると倒れる短距離のハードルと異なり、体操の平均台のような障害物は重いため、足をひっかけても倒れることはない。飛び越え方には、障害物の上に足を乗せる「足かけ」と、足を乗せない「ハードリング」がある。足かけはスピードが落ちるが、その分、体力の消耗は少ない。ハードリングはスピードが出るが、着地衝撃が大きく体力を消耗する。

 30日の五輪予選では、三浦は序盤から終盤まで足かけで、残り450メートルから最後の5台をハードリングで飛越した。三浦の足かけはスムーズな動きでスピードを落とすことなく、それでいて体力を温存。残り450メートルからスピードが出るハードリングに切り替えた。このギアチェンジがあるからこそ、三浦のラストスパートにはキレがある。

 大障害の水濠は男女とも長さが3・66メートル。深さは障害物の手前の最深部が70センチで、3・66メートル先の水際に向かって徐々に浅くなる。三浦は大障害で足かけで飛越するが、アフリカの選手の中には大障害もハードリングで飛越する猛者もいる。

 大障害は、競技場によってトラック外側に水濠が設置された「外水壕」と、トラック内側に水濠が設置された「内水壕」に分けられる(日本では外水壕が多数)。1周の距離は外水濠が421メートル、内水壕が390メートル。記録は外水濠も内水濠も同条件として扱われるが、コーナーを回りながら大障害を越える外水濠に比べ、直線路で大障害を越える内水濠の方が走りやすいため、好記録が出やすいとされる。また、内水濠はスタートから約250メートルを障害なしで走るため、序盤にタイムを稼ぐこともできる。旧国立競技場は外水濠だったが、現在の国立競技場は内水濠。2日の決勝では三浦のさらなる日本記録の更新が期待される。

 市民大会で10キロ、ハーフマラソン、フルマラソンなどを走ったことがある人は多いだろうが、3000メートル障害を走ったことがある人は、とても少ないと思う。

 高校時代に一度だけ3000メートル障害に挑戦し、文字通り、痛い目に遭ったことがある記者(私)が、この種目の過酷さと醍醐(だいご)味を、お伝えしたい。

 34年前。私は、埼玉県の県立高校3年生で5000メートルを専門とする長距離ランナーだった。インターハイ出場を夢見ていた。

 ただ、その壁は高かった。埼玉県内には、その年の全国高校駅伝を制することになる埼玉栄高が君臨していた。さらに松山、秩父農工、所沢西という県立高校に後に箱根駅伝で活躍することになる実力者がいた。

 各校1種目につき出場は3人まで。5000メートルには各校のエース級が出場し、3000メートル障害に出場する選手は相対的に走力が劣ることが多い(もちろん3000メートル障害のトップクラスの選手は走力も高い)。実際、その年の埼玉栄は主力3人が5000メートルに出場し、3000メートル障害にはチーム内4番手以降の選手が出場した。

 高校時代、私の5000メートル自己ベスト記録は14分56秒4。インターハイに出場するには14分30秒台が必要だった。一方の3000メートル障害は9分20秒台がインターハイ出場ラインだった。

 「5000メートル14分30秒台より3000メートル障害9分20秒台の方が簡単だろう。3000メートル障害ならチャンスがある」。私はセコい戦略で3000メートル障害の挑戦を決めたが、それは甘すぎて、ナメすぎていた。

 レースに向けて3か月、それなりに準備をした。学校に1台だけあった障害物で足かけ飛越の練習を繰り返し、普段の生活でも仮想の障害物を定め、踏切のタイミングを合わせることを日課としていた。ただ、大障害の水濠は、近隣の陸上競技場では水を入れることを禁止していため、全く練習できなかった。

 県大会の出場権を争う県南地区予選。そのレース本番で、私は初めて水濠を飛んだ。いや、飛べなかった。水濠は思ったより長く、深かった。イメージでは、水濠の水際手前50センチ、水の深さが足首くらいの位置に着地するはずだったが、実際は水際のはるか手前に着地。膝まで水につかり、水濠からはい出ることに苦労した。そして、着地の衝撃は想像を遙かに超えていた。

 普通の障害は足かけで辛うじて飛び越えることができたが、大障害は無理だった。膝まで水につかり、そこから必死にはい出ること7回。苦行のようなレースだった。

 タイムは予定より30秒も遅い9分50秒。県大会の出場権は獲得することはできたが、翌日から両膝が痛み、走ることはできなくなった。地区予選から約1か月後の県大会は泣く泣く棄権。その後、私は大学でも陸上を続けたが、二度と3000メートル障害を走る気にはならなかった。

 たった一度、3000メートル障害を走っただけで、全治1か月の故障。体が軟弱だし、センスもないことを痛感させられた。以来、3000メートル障害をさっそうと走る選手には畏敬の念を抱く。8分台で走る選手は「超人」だ。それが8分一桁とは…。

 全国の陸上競技場の管理者に提案したい。

 三浦龍司の歴史的快挙を記念して、普段は使われることがない水濠に水をいっぱいにためていただきたい。そして、夏の一日。多くの人に3000メートル障害の水濠を体験していただきたい(くれぐれも故障に気をつけて。ケガした場合、自己責任でお願いします)。

 中学生、高校生のアスリートも、3000メートル障害の魅力、過酷さ、醍醐味を知った上で、自分に適していると思えば果敢に、この種目に挑戦してほしい。選手層が厚くなることが、競技のレベルアップにつながる。

 市民ランナーの方々の多くの人は一歩で水濠を越えることはできず、膝まで水につかると思う。想像以上に、障害物は高く、水濠は深くて長く感じるだろう。3000メートルの間に障害を28回、水濠を7回も飛び越えながら、8分少々で走ってしまう三浦のすごさを実感できるはずだ。

 すごいぞ、三浦龍司。頑張れ、三浦龍司。2日の決勝ではメダル獲得のチャンスは十分にある。(記者コラム・竹内 達朗)

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