篠原信一氏、混合団体決勝は「柔道王国」VS「JUDO王国」パリ五輪へ襟を正す銀メダル…良薬口に苦し

スポーツ報知
兄の一二三(左)に銀メダルをかける阿部詩(右端から芳田、大野)

◆東京五輪 混合団体決勝 日本1-4フランス(31日、日本武道館)

 新種目の混合団体で日本は決勝でフランスに1―4で敗れて銀メダルだった。1人目から連敗し、女子70キロ超級の素根輝(21)=パーク24=は勝ったが、男子90キロ超級のウルフ・アロン(25)=了徳寺大職=がテディ・リネールに屈し、女子57キロ級の芳田司(25)=コマツ=も敗れた。初戦の準々決勝はドイツに4―2、準決勝ではROCを4―0で退けた。日本は個人戦で史上最多9個の金メダル(男子5、女子4)と混合団体を含めて銀2、銅1を獲得。9年間の任期満了で退任する男子の井上康生監督(43)は選手への感謝を口にした。

 * * *

 混合団体で日本は「有終の金」を飾れなかったのは残念だが、これも良薬口に苦しだろう。「3年後の24年パリ五輪」に向け、襟を正す銀メダルになったと思う。

 最終日の団体戦は戦略がカギを握る。自チームの選手が個人戦で蓄積した疲労やけがを見つつ、相手チームのオーダーを予想。互いに腹の内を見ながら戦略を練ったと思うが、勝利への思いはフランスの方が上だった。フランスは「柔道王国」の日本に肩を並べる「JUDO王国」。次回開催国の意地や誇りが一戦一戦に、にじみ出ていた。個人戦で金メダル9個を獲得し、団体戦も勝てるだろうと思われていた方も多かったと思うが、それほど甘いものじゃないことが分かっていただけたと思う。

 57年前の東京五輪で「柔道」だった競技は国際化が一気に進み「JUDO」となった。個人戦で9個の金メダルは、日本生まれの柔道が進化したことを示せたと思う。井上監督が「コロナを乗り越えるシンボル(象徴)となるような戦いができればと強く思う」と話していた通り、柔道ニッポンの奮闘に多くの希望をもらえた五輪でもあった。(00年シドニー五輪男子100キロ超級銀メダル、前男子日本代表監督・篠原信一)

スポーツ

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請