原沢久喜にリネールの壁「いろんな人に応援してもらって、結果で恩返しできなかった。非常に悔いが残る」

スポーツ報知
男子100キロ超級準決勝、ゴールデンスコアの末に敗れた原沢久喜(右)(カメラ・相川 和寛)

◆東京五輪 柔道男子100キロ超級決勝(30日・日本武道館)

 男子100キロ超級の原沢久喜(29)=百五銀行=は5位だった。準決勝でルカシュ・クルパレク(チェコ)に優勢負け。3位決定戦はテディ・リネール(フランス)に指導3による反則負けで、16年リオ五輪決勝に続いて敗れた。

 日本柔道界の悲願はまたも持ち越しとなった。原沢は準決勝でクルパレクに敗れた後、リオ五輪決勝で敗れて以来、雪辱を目指してきたリネールとの再戦へ気持ちを奮い立たせた。3位決定戦は望んだ舞台ではなかったが「全てをぶつける」と気合を入れた。だが、約8分間に及んだ準決勝の激闘のダメージは大きかった。攻め手を欠き、指導3で反則負け。「いろんな人に応援してもらって、結果で恩返しできなかった。それが非常に悔いが残る」と唇をかんだ。

 リオ五輪後は苦しんだ。2017年全日本選手権で締め落とされ、世界選手権は初戦敗退。結果を求めてさらに自分を追い込んだが、体がついてこない。息は切れ、疲労も抜けなかった。医師にはオーバートレーニング症候群と診断された。

 再起のために退路を断った。18年4月に日本中央競馬会(JRA)を退社し、貯金を切り崩しながら1年間はフリーで活動した。JRAから贈られた「世界一の柔道家を命ずる」と書かれた辞令を部屋に飾り、必ず達成すると誓った。食事や呼吸法も見直し、2大会連続の五輪出場を決めた。

 歴史を背負った戦いだった。柔道が正式種目となった1964年東京五輪。最重量級で神永昭夫が決勝でアントン・ヘーシンク(オランダ)に敗れ、金メダルを逃した。同じ聖地・日本武道館で57年ぶりに開催される五輪。日本柔道の威信を取り戻す戦いでもあったが「自分の目標に突き進むことだけを考えて戦った」と重圧の影響は否定した。

 五輪は今大会を区切りと考えている。「自分なりにここに向けて人生の決断をして、そしていろんな人に応援してもらった。本当に幸せな5年間でした」。求めていた結果には届かなかった。ただ、31日には混合団体がある。最後に金メダルを持ち帰り、有終の美を飾る。(林 直史)

 ◆リオ五輪男子100キロ超級決勝・原沢VSリネールVTR 開始直後に原沢が首抜きにより指導を取られると、1分すぎにも極端な防御姿勢で2つめの指導を取られた。するとリネールはまともに組まずに時間をかけ、残り33秒に指導をひとつもらっただけで逃げ切った。国際連盟は同年末にルールを改正し、指導だけでの決着を廃止した。

 ◆原沢 久喜(はらさわ・ひさよし)1992年7月3日、山口・下関市生まれ。29歳。6歳から柔道を始める。早鞆高、日大法学部を経て、2015年4月に日本中央競馬会へ進み、18年4月に退社。19年4月から百五銀行に所属。15、18年全日本選手権優勝。16年リオ五輪銀メダル。19年世界選手権銀メダル。右組み。得意技は内股。191センチ、123キロ。家族は母、妹、弟。

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