原沢久喜の生きざま、弟の夢、支え合った絆…最後まで戦い抜いた兄は強かった

スポーツ報知
子どもの頃の原沢久喜(左)と弟・侑高さん(浅井企画提供)

◆東京五輪 柔道男子100キロ超級決勝(30日・日本武道館)

 男子100キロ超級の原沢久喜(百五銀行)が3位決定戦で3連覇を逃したリネール(フランス)に指導3の反則で敗れて、メダルを逃した。

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 男子100キロ超級でメダルを逃した原沢久喜は3人きょうだいの頼れる長兄だ。3354グラムで生まれ、「苦境に負けないように」と願いを込め、久喜と名付けられた。母・敏江さん(59)、妹・結衣さん(27)、弟・侑高さん(24)と4人家族だった。

 3人とも柔道をやっていた仲良しきょうだいだが、テレビのチャンネル争いは激しかった。中高生の頃は米ドラマ「プリズン・ブレイク」を見ようとし、妹は「ハリーポッター」、弟はアニメチャンネルを主張。リモコンの奪い合いになると、母に「そんなにエネルギーが余ってるなら畳の上で暴れなさい!」と一喝され、静かに各自の部屋に帰っていくのが日常だった。

 原沢は大学進学と同時に上京し、柔道選手として成功した。そんな姿を見ていた侑高さんは高校卒業後、役者の夢を追って上京することを決めた。母は猛反対したが、バイトで100万円を貯蓄し、それを見せて説得を試みると、「覚悟を認めたから行っておいで」と送り出された。応援されるようになったことを喜んだが、これには裏話があった。

 実は母は原沢に「身の程知らずな夢を追いかけようとしているから、止めてくれ」と電話していた。「やらせた方がいいよ。やらなくて後悔が残るなら、本人がやれるところまでやらせればいい。どうにかなるから」。その言葉を聞いた母は「ヒサが言うなら」と認めることにした。数年後に真相を聞いた弟は「そんなことがあったとは知らなかった。陰ながら支えてくれてるんだな」と感激した。

 母の教えは「きょうだい助け合って生きていきなさい」。上京した当初、右も左も分からなかった弟を兄は何度も食事に連れていった。知り合いに「俳優をやっている弟がいます」と積極的に紹介し、舞台や映画も見にいった。逆に五輪に向けた大事な時期は侑高さんが「オリンピックが終わるまではわがままを聞き続ける弟でいたい」と、海外遠征時の空港までの送り迎えなどを買って出た。一緒に銭湯に行き、オススメのドラマや音楽の話題で盛り上がる。柔道の話はほとんどせず、安らげる空気をつくることを心掛けている。

 侑高さんはファッションや食事などをマネし、「最高の準備をすれば最高の結果が待っている」という兄の言葉を座右の銘にしているほど。「昔からひとりの人間として本当に尊敬できる。柔道をしている姿も、生きざまも大好きです。恥ずかしいから直接言えないですけど、兄貴ならできるよってずっと思ってます」。最後まで戦い抜いた兄は強かった。(林 直史)

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