素根輝が金メダル「小さくても努力すれば勝てると証明したかった」…史上初7日連続、柔道最多の9個

女子78キロ超級で優勝し、金メダルを手に笑顔を見せる素根輝(カメラ・相川 和寛)
女子78キロ超級で優勝し、金メダルを手に笑顔を見せる素根輝(カメラ・相川 和寛)

◆東京五輪 柔道女子78超キロ級決勝(30日・日本武道館)

日本武道館の景色が涙でにじんだ。素根はオルティスとの決勝。8分52秒の熱戦の末、相手に3つ目の指導が与えられると、感極まった。身長162センチはこの階級で目立って小柄。不利をはね返す下から突き上げる組み手は五輪の舞台でも生きた。「小さくても努力すれば勝てると証明したかった。言葉にできないぐらいきつい稽古だったけど、頑張ってきて良かった」と万感の思いを込めた。

 座右の銘「3倍努力」を地でいく選手だ。3人の兄の影響で小学1年で柔道を始め、父・行雄さんに「人の2倍、3倍しないと絶対勝てないぞ」と言われてきた。父は子供たちのために実家の一部を改造し、数十枚の畳を敷いた秘密特訓場に手作りのトレーニング機器を設置。そこで重りを付けてぶら下げた柔道着を引っ張るなど汗を流した。

素根の東京五輪勝ち上がり
素根の東京五輪勝ち上がり

 中学は県外の強豪校の誘いを断り、地元の田主丸中に進んだ。黒岩浩隆監督は担ぎ技など技の幅を広げさせようとしたが「普通はこれを練習しなさいと言ったら、できるようになったらやめる。でも輝は実戦で使えるまでやるので、詰めた練習になる」と追い込みすぎる性分を心配した。素根を特集するテレビ番組の収録で訪れた04年アテネ五輪女王の塚田真希に「この子は将来、絶対上にいく。だから休む勇気も必要だということを伝えてほしい」と頼み込んだこともあった。

 休むことを意識するようにはなった一方、壮絶な努力は続いた。福岡・南筑高でも朝練に授業後の3時間半の稽古を終えると、自宅で特訓場にこもった。常に男子選手と練習し、通常は7~8本の乱取りは20~25本と文字通りの3倍。標高312メートルの高良山の坂も駆け上がり、130段の階段をダッシュで5往復。松尾浩一監督も「非常にストイックで、試合前の不安を圧倒的な練習で払拭(ふっしょく)するような感じだった」と振り返る。

 ライバルの存在も大きかった。リオ五輪後、女子78キロ超級は朝比奈沙羅が引っ張っていた。全日本女子選手権で連覇しても、2年連続で世界選手権代表から外れた。国際大会の実績が乏しく、観客席から「やっぱり素根では海外選手には勝てないよな」という声が聞こえてきたこともあった。悔しい思いもしたが「朝比奈選手を倒さなければ五輪や世界選手権もなかった。そのために練習に取り組んでいた。自分を強くしてくれた存在」と感謝した。

 名前には「世界で輝く」という意味が込められている。21歳の新女王は「これからもしっかり練習して、目標とされる選手になれたらいいなと思います」と誓った。(林 直史)

素根決勝経過
素根決勝経過

◆素根 輝(そね・あきら)2000年7月9日、福岡・久留米市生まれ。20歳。パーク24所属。日大スポーツ科学部1年。東京五輪柔道の日本代表内定第1号。南筑高2年時、金鷲旗高校大会決勝で男女を通じて史上初の5人抜き。17年から世界選手権混合団体戦3連覇。19年は世界選手権優勝、全日本選抜体重別選手権女子78キロ超級V3、全日本女子選手権V2。得意技は体落とし、大内刈り。162センチ、110キロ。

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