史上最低観客数の東京ドームに飯伏幸太の当日欠場…新日のピンチを救った棚橋弘至のベストバウト級激闘

新型コロナ禍の中、行われた東京ドーム大会のメインイベントに緊急出場。激闘を見せた棚橋弘至(新日本プロレス提供)
新型コロナ禍の中、行われた東京ドーム大会のメインイベントに緊急出場。激闘を見せた棚橋弘至(新日本プロレス提供)

 日本最大のプロレス団体の「エース」と呼ばれ続けているのには、はっきりとした理由がある―。そんなことを実感させられた棚橋弘至(44)の37分26秒間の激闘だった。

 25日、東京ドームで行われた新日本プロレス「WRESTLE GRAND SLAM in TOKYO DOME」大会。新日にとってドル箱のドーム大会も新型コロナ禍のため、当初5月29日の開催予定から2か月延期した上、大幅に開催規模も縮小。昨年の1・4大会で4万8人を飲み込んだ会場は一転、閑散としたものに。間隔を置いて座った観客もアリーナ席にほぼ集中の5389人。東京ドーム大会史上最低の数字となった。

 例年10試合以上が並ぶ豪華なラインアップも今回はわずか6試合。さらに肝心のカード面で前代未聞のハプニングが起こる。

 この日のメインイベントで鷹木信悟(38)の保持するIWGP世界ヘビー級王座に挑戦するはずだった飯伏幸太(39)が誤嚥性(ごえんせい)肺炎のため、当日欠場。急きょ前夜の愛知大会のメインで24分51秒の死闘の末、KENTA(40)を下したばかりの棚橋の挑戦が、大会当日の昼という、ぎりぎりのタイミングで発表されたのだ。

 今月10日の札幌大会から欠場を続けていた飯伏の体調不良の原因については当初、6日に受けた新型コロナウイルスワクチンの副反応と発表されたが、21日になって誤嚥性肺炎だったと訂正された。ネット上には心配するファンの声が殺到。一方で数日後に迫ったメインカードの変更を中々発表しない新日の対応に多くの批判が集まった。

 二転三転する飯伏の病状を報じた「スポーツ報知」のWEB記事にも

 「誤嚥性肺炎は命に関わる病気。25日の出場は絶対、無理。休んで下さい」

 「回復したとしてもリング上で全力で闘えないだろう。なぜ、すぐに代わりの選手を発表しないのか?」

 「今回、当日券は売らないにしても飯伏の欠場でチケットの払い戻しをしたいファンもいるのでは?」

 などの厳しい声が集まった。

 闘争本能と責任感の塊(かたまり)の飯伏自身がぎりぎりまで出場に意欲を見せたと言うのが真相だろうが、命がけの闘いゆえに体調面こそ最優先すべき。新日が本人を強く説得した上で遅くとも誤嚥性肺炎と判明した21日にはカード変更に踏み切るべきだったと、私は思う。

 そんな前代未聞のドタバタ劇の中、当日の東京ドームに舞い降りたのが棚橋弘至という名の救世主だった。

IWGP世界ヘビー級王者・鷹木信悟をテキサスクローバーホールドで絞め上げた棚橋弘至(新日本プロレス提供)
IWGP世界ヘビー級王者・鷹木信悟をテキサスクローバーホールドで絞め上げた棚橋弘至(新日本プロレス提供)

 タッグパートナーでもある飯伏の心情も十分に考慮した上で、24日の試合後のリング上で「最後に一つだけ言わせてください。明日の東京ドーム大会メインイベント。まだ、飯伏が出られるか分からない状態です。なので、一個、アピールしておいていいですか? 準備できてま~す!」とマイクアピール。「まだ、どうなるか分からないけど、俺がいきます!」と“代打出場”を宣言していた。

 さらに、ここからがすごかった。当日のカード変更のもと、19年の1・4以来、2年6か月ぶりとなった東京ドームのメインの舞台で、棚橋は猛暑日の暑さも吹っ飛ばすファイトを見せた。

 スターのオーラ全開で入場すると、両手を挙げて声を出しての応援が禁じられた観客に手拍子での応援を要求。大きな拍手に包まれると、現在の新日最強と目される鷹木と真っ向からの力勝負を展開。「おまえなんかエースじゃねえ!」と叫びながら顔面をキックしてくる相手のヒザめがけ、雪崩式ドラゴンスクリュー。さらにテキサスクローバーホールドで絞め上げる。

 終盤には飯伏の必殺技・カミゴェまで披露。決め技のハイフライフローもさく裂させたが、最後は鷹木のパンピングボンバーからのラスト・オブ・ザ・ドラゴン(変型ドライバー)で屈辱の3カウントを聞いた。

 リング上でマイクを持った鷹木は若手の肩を借りてフラフラの状態で引き上げていく、その背中に向けて「棚橋弘至。あんた、やっぱりすげえよ。さすがはエース。ある意味、本当の勝者はあんたかもな」と称賛。翌日、オンラインで行われた一夜明け会見でも「さすがエース、さすが逸材だよ。攻めて、攻めて、攻めて、俺が主導権を握っていると思ったけど、気づいたら、客はほとんど棚橋を見ていて、棚橋中心に手拍子をしているんだよ。俺も強引に『来た、来た、来たー!』とか言って、強引に客を引きつけようとしたけど、棚橋が主人公のように試合が動いたから、チクショーと思ってさ」と振り返った。

 確かに東京ドームの記者席でマスクをして間隔を空けて見守った記者たちの口から漏れたのも「棚橋、すごい…」「年間ベストバウトだよ、これは」という、その闘いぶりへの称賛の声だった。私も今年のベストバウトは5月4日、福岡どんたく大会でのIWGP世界ヘビー級王者(当時)ウィル・オスプレイ(28)と鷹木の44分53秒の激闘で決まりと思っていたが、この夜の37分26秒の死闘は、その感動をはるかに更新するものだった。

 試合後のバックステージで棚橋は「ピンチをチャンスに変えられませんでした。変えられませんでしたが…。決めました。一つ決めました。俺はもう二度と、口が裂けても、弱音は吐きません。今ある棚橋で、今の体で、もう一度、もう一度、トップへ。それが…」と汗まみれの顔で話したところで絶句し、涙声に。「それが応援してくれているファンの方にできる精一杯だし、俺はもっと、みんなの期待に応えたいです」と言葉を絞り出した。

 そう、経営不振に陥った2000年代の新日を中邑真輔(41)=現WWE=とともに支え続けてきた「100年に1人の逸材」も気づけば、デビュー22年目。プロレスの認知度向上のため、バラエティー番組にも積極的に出演。倒産寸前だった団体をあらゆる遠征地に先乗りし、地元テレビ、ラジオ局を回るなどの地道なプロモーション活動で支え続けてきた男も44歳になった。

 長年の激闘で、その言葉を借りれば、「今ある棚橋、今の体」がボロボロなことも私は知っている。17年に左肩剥離骨折と上腕二頭筋断裂、18年にも右上腕二頭筋遠位断裂、右ヒザ変形性関節症で戦線離脱と引退に追い込まれてもおかしくない大ケガに見舞われてきた。

 それでも誰をも魅了する笑顔を持つ天性のスターは、この夜も文字通りの緊急出動で窮地の新日を救って見せた。

 「これから俺がやるべきことは、もう一度はい上がる、決して諦めないこと。年の半ばでドームで大一番ができて、気合入りました。下半期、期待していいよ」―。

 そう言って笑った「エース」の笑顔を、この夜のドームの激闘を、私は決して忘れない。(中村 健吾)

新型コロナ禍の中、行われた東京ドーム大会のメインイベントに緊急出場。激闘を見せた棚橋弘至(新日本プロレス提供)
IWGP世界ヘビー級王者・鷹木信悟をテキサスクローバーホールドで絞め上げた棚橋弘至(新日本プロレス提供)
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