25年前の五輪開会式で見た“奇跡”  猪木も驚くムハマド・アリさんのプロ根性

96年アトランタ五輪開会式
96年アトランタ五輪開会式

 いよいよ東京五輪が開幕する。開会式は、選手にも、見ている人たちにも「さあ、これから」という大事なスイッチの役目を持つ儀式。直前になって様々なトラブルが起きたが、式に携わる人たちは、この日のためにたくさんの努力をしてきたはず。マスゲームに参加する人たちは、アスリートへのエールを胸にスタジアムで舞うだろう。今年はコロナ禍の中での開催で、複雑な思いで見る人も多いかとも思うが、この瞬間だけは、選手たちの健闘を祈って、テレビの前で開会式を純粋に堪能したい。

 聖火点灯は、開会式最大のクライマックスだ。近代五輪が始まって100年目に行われたアトランタ五輪の時は、感動で体が震えた。1996年7月19日午後8時45分、五輪スタジアムでセレモニーがスタート。マスゲームの演出はド派手で、ダンス調の音楽が流れると、8万人を埋めたスタンド全体が踊っているように見えた。選手団入場はさらに盛り上がった。国際オリンピック委員会(IOC)加盟全ての197か国・地域が初めて参加した大会だったが、日本は、日の丸を持つ女子柔道の田村亮子(現姓・谷)を先頭に堂々の行進。197人の旗手の中で146センチと最も小柄だった田村が、7キロ近い日の丸を両手にしてもバランスを崩すことなく、行進する姿は本当に大きく見えた。

 クリントン大統領の開会宣言のあと、マーティン・ルーサー・キング牧師の「I HAVE A DREAM」の演説テープが流れた。「FREE AT LAST! FREE AT LAST!(ついに自由だ)」。夜のしじまに流れる声が耳に焼き付いて離れない。そんな余韻に浸る中、聖火を持ってイベンダー・ホリフィールド氏が登場したのは日付が変わった7月20日午前零時17分頃。プロボクシング元統一世界ヘビー級王者から、競泳の女王ジャネット・エバンス氏へ聖火が渡る。誰もが最終ランナーはエバンス、と思った瞬間、聖火台の横から突然、大きな人影が。プロボクシングの元世界ヘビー級チャンピオン、ムハマド・アリさんだ。一瞬、声を出すのを忘れた8万人のスタンドは、現実を目にして一気に熱狂の渦と化した。

 アリさんは右手で受け取ったトーチに左手を添えて、ワイヤにその火を付けた。84年にパーキンソン病を発病したこともあり、トーチを持つ手が震えている。現役時代に戦いのスタイルを『チョウのように舞い、蜂のように刺す』と例えられたスーパースターは、長年、病魔と闘い続けてきた。だが、聖火台のそばに立つアリさんの目からは強い光が放たれていた。「アリって、すごいんだよ。北朝鮮に行った時(94年9月)のことだけど、普段は車椅子を使い、歩くこともままならないのに、カメラが並ぶ注目の舞台に立ったアリは、つえもつかずに長い階段を上りきったんだ。これぞプロフェッショナルだと思った」。76年に異種格闘技戦を戦い、のちに親しくなったアントニオ猪木の言葉だ。常に注目され続けた男が見せたプロ根性に舌を巻いた。トーチを持つ手こそ震えても、体の軸はぶれていない。聖火はワイヤを伝わって聖火台へ。大きな炎が上がると同時に、スタンドがこの日一番、揺れに揺れた。

 聖火がついた時、少し誇らしげに小さな笑みをこぼしたアリさん。その姿を見ながら、1988年にヘビー級王者マイク・タイソンの世界戦で来日したアリさんの、宿舎の部屋へ押しかけたことを思い出した。突然の訪問にも、アリさんは室内に招いて話をしてくれたのだが、その時、アリさんはおもむろに、手品をし始めた。自身が宙に浮かぶように見える手品だったが、拍手を送ると、アリさんは得意げに笑って自分から「アンコール」。病気と闘うためのリハビリの一環だったようで、アリさんは楽しそうに見せてくれた。

 一歩も走らない最終聖火ランナーの大役を務めたアリさんの笑顔は、成し遂げた事の大小は別にして、手品を成功させた時の笑顔にダブって見えた。宙に浮いたように見えてビックリする私を見て喜んだアリさん。8年後、アリさんの姿を見て、感動で体が震え、今度はこちらの方が宙に浮くような気持ちになった。25年たった今でも、その感覚が忘れられない。(記者コラム・谷口隆俊)

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