アテネ五輪銅・三浦大輔DeNA監督、12―0で登板も「1球1球必死…これが日の丸の重みか」

スポーツ報知
04年のアテネ五輪、イタリア戦で登板した三浦大輔

 2004年アテネ五輪は、初めて全24選手がプロ選手(各球団2人)で金メダルを狙った。長嶋茂雄氏が監督に就任。脳梗塞(こうそく)のため本大会で指揮を執ることは出来なかったが、松坂、上原、岩隈、黒田、城島、小笠原、高橋由、福留らが集結。準決勝で豪州に敗れて銅メダルに終わった悔しさを現DeNAの三浦大輔監督(47)が思い返した。(取材・構成=安藤 宏太)

 いきなり出番はやってきた。04年8月15日、1次リーグ初戦のイタリア戦。12―0の7回に、上原(元巨人)の後を受けて三浦はマウンドに上がった。先頭打者から三振を奪うなど、3者凡退。7回コールドの試合を締めくくった。

 「今までにない緊張と興奮で、無我夢中で投げていたという感じでした。終わってベンチに帰ってきてからも、やたらと後頭部、頭が痛いなと言うくらい興奮していました。テレビで見ていたら『抑えてコールドだな』と思って楽に見ていたと思うけど、実際にあのマウンドで投げている時はそんな心境じゃなかった。1球1球必死でした。これが日の丸の重みかと改めて感じました」

 高校時代は日の丸と無縁で海外でプレーするのも初めてだった。マウンドで背負った重さを確認した。本来先発の三浦は中継ぎに回った。当時30歳の投手最年長は雑用も率先した。

 「何でもいいからチームのために役に立ちたい。その気持ちが強かった。グラウンドに入るのも人数制限があって、ベテラン若手関係なくみんなで荷物を持ってベンチに運んだり、バッティング練習中もみんなでいろいろボールを拾ったり、全員でいろんなことをやりながら戦っていました」

 17年前を思い返しながら「貴重な財産」と言い切った三浦。自らが果たせなかった金メダルへ期待を込めた。

 「会場が横浜スタジアムでDeNAのホームグラウンドなので、すごく楽しみにしている。選手、スタッフはすごい重圧がある中での戦いになると思うけど、自国開催でたくさんの人が応援してくれますので、それをパワーに変えて頑張ってください」=敬称略=

 ◆三浦 大輔(みうら・だいすけ)1973年12月25日、奈良県生まれ。47歳。高田商から91年ドラフト6位で大洋(現DeNA)に入団。98年に12勝を挙げ日本一に貢献。2005年に最優秀防御率と奪三振王に輝いた。16年限りで引退。通算535試合登板172勝184敗、防御率3・60。19年に投手コーチで復帰し昨季は2軍監督、今季から監督に就任した。183センチ、88キロ。

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