ソウル五輪銀・大森剛氏、前哨戦で4位の後にチーム全員で書いた反省文で一致団結「分岐点でした」

大森剛氏
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ソウル五輪の野球日本代表成績
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ソウル五輪の野球日本代表メンバー
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 88年ソウル五輪で銀メダルを獲得した大森剛氏(53)=現巨人編成副本部長兼国際部長=が五輪の思い出を語り、侍ジャパンにエールを送った。直前のテスト大会(イタリア)で4位に終わった際にチーム全員で書いた反省文が、メダルへの分岐点だったと回想した。

 大森氏は慶大3年時の88年にソウル五輪で銀メダルを獲得。当時を振り返る上で欠かせないのが、五輪の数週間前にイタリアで行われたIBAFワールドカップでの敗北だ。五輪と同じメンバーで“テスト大会”として臨んだ日本は、4位に終わった。

 「3位決定戦で台湾に負けた後、鈴木義信監督に反省文を書かされました。古田敦也さんなど社会人の選手も多くいましたが、選手全員です。『こんなんじゃ五輪では勝てない』と監督がすごく怒って。大学生と社会人の混成チーム。気合を入れ直して結束してソウルに入りました。間違いなくイタリアが分岐点でした」

 短期間で技術、メンタル両面の修正を試みた。五輪では中軸を任された大森氏が初戦のプエルトリコ戦で本塁打を打って白星発進すると、イタリアの3位決定戦で敗れた台湾にも勝利して決勝進出。金メダルをかけて米国と戦った。

 「決勝で対戦したジム・アボットは衝撃でした」

 アボットは生まれつき右手の手首より先がない左投手。投球時に右投げ用のグラブを右手首に乗せ、左手で投球後にグラブを左手に持ち替えて捕球、グラブを外して左手で送球する「アボット・スイッチ」で、後にメジャー通算87勝を挙げた。五輪直前に日本で行われた日米大学野球選手権ではアボット擁する米国に勝っていた。

 「アボット? 大学日本代表でも勝ったし、大したことないだろう、くらいの感じで臨んでしまったんです。そうしたら闘志むき出しで、ものすごい気迫で。私はたまたま3安打打てましたが、アボットに完投されて日本は敗戦。それでも銀メダルは誇らしいですし貴重な経験でした」

 五輪直前に書いた反省文は、その後は笑い話、かけがえのない思い出となった。

 「鈴木監督はソウル五輪の選手の結婚式のたびに、スピーチでその選手が書いた反省文を読み上げることが恒例行事でした。私もそうでしたね。クリーンアップが打てなくて負けました、みたいなことを書いていたと思います」

 今回の侍ジャパンは、自身が担当スカウトとして発掘した32歳の巨人・坂本がチーム最年長となる。24選手全員にエールを送った。

 「重圧を感じるのは首脳陣だけでいいんです。選手は自分が成長できるいい舞台だと思って、思い切り力を発揮してほしいですね」(取材・構成=片岡 優帆)

 ◆大森 剛(おおもり・たけし)1967年8月4日、奈良市生まれ。53歳。高松商、慶大を経て89年ドラフト1位で巨人入団。96年日本シリーズで2本塁打を放つなど、主に内野手として活躍。近鉄を経て99年に引退。2000年から巨人スカウトになり坂本勇人らを発掘した。今年7月から現職。

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