史上2人目の直木賞&山本賞W受賞の佐藤究さん「テスカトリポカ」とは…選考委員も1時間激論の超問題作の魅力

スポーツ報知
受賞作「テスカトリポカ」と共に直木賞受賞会見に登場した佐藤究さん(カメラ・中村 健吾)

 直木賞の選考委員になって21年。43回に渡って選考会に臨んできた林真理子さん(67)が表情に疲労の色をにじませて言った。

 「3時間に渡るすごい激論でした。私も長く選考委員をやらさせていただいていますけど、初めてと言っていいくらいの白熱した議論でした」―。

 14日、新型コロナ禍の中、選考会場の東京・築地の料亭「新喜楽」と記者が結果を待つ帝国ホテルをリモートでつないでの第165回直木賞の受賞会見。午後6時、受賞作に決まったのが佐藤究さん(43)の「テスカトリポカ」(KADOKAWA)と澤田瞳子さん(43)の「星落ちて、なお」(文藝春秋)だった。

 特に「テスカトリポカ」は5月発表の山本周五郎賞に続く2冠。共に大型エンターテインメント小説に贈られる両賞の同時受賞は史上2人目。87年の山本賞の創設以来、30年あまりの歴史の中で04年の熊谷達也さん「邂逅の森」以来、17年ぶりの快挙となった。

 文藝春秋社主管の直木賞と新潮社主管の山本賞は文芸出版社としての両社のライバル関係もあり、同時受賞は非常にまれ。過去には、宮部みゆきさん(60)の傑作「火車」が山本賞受賞も直木賞は候補入りもならず。映画化もされた伊坂幸太郎さん(50)の「ゴールデンスランバー」は山本賞受賞も伊坂さん自身が直木賞ノミネートを辞退して大きな話題を呼んだ。

 そんな両賞を山本賞は満場一致。直木賞は最初の投票で澤田さんとの2人受賞決定と、圧倒的評価で射止めた「テスカトリポカ」だったが、9人の選考委員を代表してリモートでの講評会見に登場した林さんは、こう裏側を明かした。

 「受賞作にするかで1時間以上の白熱した議論になりました。反対する人はあまりに暴力シーンが多いし、子どもの臓器売買という部分が読む人に嫌悪をもたらすのではないかと。直木賞という賞を与えて世に送り出しても良いものか。その是非について、様々な意見が上がりました」と議論の詳細を明かした上で「『こんな描写を文学として許して良いのか』『文学とは人に希望と喜びを与えるものではないのか』といった意見があった一方、『描かれたことは現実世界のこと。目を背けてよいのか』との意見も。とても根本的で深い論争ができました。これだけスケールの大きな小説を受賞作にしないのはあまりにも惜しいという結論になりました」と続けた。

 さらには「実は男女の票が分かれて…。女性の選考委員が非常に熱烈に支持しまして、熱弁を振るいました。男性の方が残酷で嫌だという声が多かったが、女性は嫌悪を持たず、乾いた描写ということで一致しました」とも明かした。

 そう、2月の刊行直後から出版界で大きな話題となった同作は、メキシコとインドネシア、日本の川崎市を舞台に麻薬密売と臓器売買を描く暴力と血にまみれた物語にアステカ神話が絡み合う壮大なノワール(暗黒小説)であり、全く新しいクライム(犯罪)ストーリーだ。

 私自身も書評家・北上次郎さんや新潮社出版部長・中瀬ゆかりさんの激賞の評に影響され、全550ページの分厚い1冊を刊行直後に読破。次々と登場人物が死んでいく残酷さ以上に、その物語のあまりのスケールの大きさ、その一方のディテール描写の細かさに圧倒され、一晩での一気読みを余儀なくされた。

 そして、午後7時。百戦錬磨の選考委員を圧倒し、受賞を巡っての激論に巻き込んだ43歳の作家は、待ち構えた約100人の記者の前に黒のTシャツに青のシャツを羽織ったラフなスタイルで登場した。

 作風同様のごつい外見の佐藤さんは史上2人目の2冠について、「3年半かけて(作品執筆を)やっている間は大きい賞を獲るというのは頭にもなかったので、何事もやってみないと分からないんだなという印象ですね、この作品に関しては」と正直にポツリ。

 「作品世界の話になるんですけど、ほぼ主人公のコシモという少年が出てくるんですけど、『コシモ、おまえ、すげえな』という感じです。こういうところまでいくのかと。別に僕という人品骨柄を批評して賞をいただいたとか全く関係なく作品についてですので、作品に出てきた人々とか事件がこういうところまで来てしまったのかという驚きがあります」と続けた。

 犯罪の持つ残酷さを正面から描いた内容に選考会で賛否両論あったことについては「本当に(選考委員の)先生のおっしゃる通りの部分もありますし、作家それぞれということもある。僕としては、例えば、ジョルジュ・バタイユや三島由紀夫のやったような犯罪と芸術というもののある程度の蜜月は決着がついているのかなという感じでいました。ただ、直木賞という社会的にも大きな賞の中で、これは是か非かといえば、僕だったら非ですよね。それは正しいと思います。ただ、文学かどうかということに関してだと、ちょっと議論できるところはあるとは思います」と答えた。

 最後に言い残したことはと聞かれ、「この作品は暴力というのがどの程度の、それは文学なのかという問い掛けもまさしくその通りですけど、今回、麻薬戦争を下敷きにして、実際にメキシコで起きている麻薬戦争を調べたり、取材に行った友人の危険地帯ジャーナリストの丸山ゴンザレス君に話を聞いたりすると、ここに描いた以上のことが起きているんですよね」と前のめり気味に話し出すと「他の作品でもバイオレンスシーンは描いてはきたんですけど、僕自身、今回初めて執筆中に夢にうなされる経験もしました。こんなことをしても意味があるのか、やめようかなとも思ったんですけれども、麻薬戦争、資本主義リアリズムというシステムの中で人々から搾取をするためにこういうことが本当に起きているんだというのを、たとえフィクションという形でも描くことなしには見ることさえもない」と続けた。

 さらに「(現状を)知ることは…。ちょっとした出来心で麻薬を買ってみようかということへの、僕は別に教育者でも何でもないので『体に悪いからダメですよ』と言ってもしようがない。こういう連中がシステムの背後にはいて、『君の払ったちょっとした好奇心のお金はこういうことへ流れているんだよ』ということを知ることができれば、抑止力というか、社会に対するクライムノベルを書きながらも役割になるかなと思って書きました」と明言。

 最後に「せめてメキシコで(取材中に)命を落としていったような記者たちには足元にも及ばないんですけど、書くということによって、ちょっとでも自分にもできることをやってみようと思って、限界までいろんなことを詰め込んだのがこの小説です。こういう場所で『テスカトリポカ』について話す機会を与えて下さって、また、聞いて下さる記者さんが集まって下さったことに感謝します」と深々と頭を下げた佐藤さん。

 確かな使命感を胸に秘めた43歳の作家が3年半をかけて生み出した世界を舞台にした超大型スケールの犯罪小説が、ここにある。

 山本賞も、直木賞も一つの通過点に過ぎない。圧倒されつつ読み終えた私もまた、この作品が、さらに多くの人を魅了することを願う1人。それだけの価値を持つ作品だと確かに思う。(記者コラム・中村 健吾)

 ◆佐藤 究(さとう・きわむ) 1977年9月13日、福岡県福岡市生まれ。43歳。福岡大附属大濠高卒業後の04年、佐藤憲胤名義の「サージウスの死神」が群像新人文学賞優秀作となり作家デビュー。16年、「QJKJQ」で江戸川乱歩賞。18年、「Ank‥a mirroring ape」で大藪春彦賞と吉川英治文学新人賞を同時受賞。21年、「テスカトリポカ」で山本周五郎賞受賞。

 ◆直木賞選考委員

 浅田次郎、伊集院静、角田光代、北方謙三、桐野夏生、高村薫、林真理子、三浦しをん、宮部みゆき(伊集院、高村の2氏はリモート参加)

※五十音順・敬称略

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