ブッチャー、ハンセン引き抜き合戦が黄金時代だった…新日本と全日本の50周年への飛翔

1981年6月24日付「報知新聞」テレビ欄
1981年6月24日付「報知新聞」テレビ欄

 全日本プロレスが26日に東京・大田区総合体育館で「2021 Champions Night~三冠統一の地から50周年への飛翔~」を開催する。アントニオ猪木が1972年3月6日に旗揚げした新日本プロレスとジャイアント馬場が同年10月22日に旗揚げした全日本プロレスは、来年に50周年を迎える。

 今年の旗揚げ日を迎えて49周年だから、言うなれば今年は50年目ということになるが、コロナ禍で業界全体が落ち込む中、いち早く50周年というワードを仕掛けてきたのが全日本だった。エンタメ業界では、周年記念日へ1年かけてカウントダウンする周年イベントで盛り上げ、さらに記念日から周年イヤーとして1年かけて騒ぐ2年分のビジネスチャンスがある。

 プロレスの周年イベントで思い出したのは1981年だ。この年の6月24日に「新日本プロレス創立10周年記念・蔵前3大スーパーファイト」が東京・蔵前国技館で開催された。テレビ朝日が「水曜スペシャル」(ゴールデンタイム90分枠)で生放送した注目の大会だ。

 絶対的エース・猪木が登場するメインイベントのカードは、全日本から仁義なき引き抜きで電撃移籍したアブドーラ・ザ・ブッチャーの初登場、そして“幻のモスクワ五輪金メダリスト”としてレスリングから転向した谷津嘉章の国内デビュー戦を合体させ、当時のエース外国人のスタン・ハンセンを加えて、猪木、谷津組VSハンセン、ブッチャー組に。他の2大ファイトはタイガーマスク(初代)VSビジャーノ3号、この年に凱旋帰国したキラー・カーンと全日本から引き抜いたタイガー戸口の一騎打ちだった。

 当時のゴールデンルーキーの谷津は、2年前に糖尿病で右足を切断しながらも今月6日にプロレスの祭典「CyberFight Festival 2021」(さいたまスーパーアリーナ)で義足レスラーとして再デビューを果たした。試合後の控え室で「ハンセンとブッチャーに流血させられたことから比べたら大したことないですよ。猪木さんのプレッシャーもなかったし」とぽつりと漏らし、ちょうど40年前の惨劇を思い浮かべ苦笑した。

 あの時の谷津は、ハンセンとブッチャーのリンチに遭い、何もさせてもらえず。生中継は途中で切れたが、大混乱を巻き起こすブッチャーのすごみだけは伝わった。そしてこの年の暮れには、ハンセンが全日本に引き抜かれた。「世界最強タッグ決定リーグ戦」優勝戦に乱入し、盟友ブルーザー・ブロディと手を組んで、ザ・ファンクスを襲撃。馬場とジャンボ鶴田が応戦する大興奮のリングとなった。

 これが両団体10周年の黄金時代だと思っていたら、1981年は実際は9周年だった。「創立10周年記念・蔵前スーパーファイト」という“ネーミングの妙”にすり込まれてしまっていたわけだが、今回の全日本の手法を借りれば、黄金の1981年は「10周年への飛翔」の年だったということになる。(酒井 隆之)

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