女子テニス・柴原瑛菜、米国育ち「日本では自分が日本人だと証明しなきゃいけない」葛藤乗り越えメダル目指す

ライトアップされる五輪モニュメントと国立競技場
ライトアップされる五輪モニュメントと国立競技場

 東京五輪は「多様性と調和」を掲げ、日本代表には海外で生まれ育った選手も少なくない。テニス女子ダブルスで出場が見込まれる柴原瑛菜(23)=橋本総業=もその1人。日本人の両親の下、米カリフォルニア州で育ち8歳で全米協会の強化指定選手に選ばれた。19年に日本代表としてプレーすることを選択。青山修子(33)=近藤乳業=とのペアで、今季ツアー3勝を挙げ女子テニス界初のメダルが狙える位置にいる。

 柴原が2歳の時、日本企業に勤務しサンノゼ駐在だった父・義康さん(62)が、会社を辞めて米国に残ると決めてロサンゼルスに移った。あちこちにコートがある環境で、7歳からテニスを始めた。

 「兄はいろんなスポーツをやっていたけど、家族でテニスにハマった」

 兄2人と「同じスポーツをした方が楽」との思惑があった父は「年功序列がなく、日本より(テニスを始める)敷居が低かった」と振り返る。柴原は才能が花開き、8歳で全米協会の強化指定に。16年全米オープンジュニア女子ダブルスを制し、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にスポーツ奨学生で入った。家庭内は日本語がルール。年に1回は東京の祖父母宅に滞在し、中学時代から日本の大会にも出場した。ただルーツがあっても住んではいない国で、居心地の悪さがあった。

 「店員にいろいろ聞かれる、コンビニが苦手だった。見た目で判断されるので、日本では自分が日本人だと証明しなきゃいけないとプレッシャーをかけてしまうところがあった」

 高校時代、葛藤を抱えつつ出場していた日本の大会で、物陰でトレーニングに励む青山を見た。

 「ハードワークする、いい選手だと思っていた。日本人だし、いろんな話が聞けるかなと思った」

 19年春、いつかペアを組みたいと願った先輩へSNSを通じて連絡し、二人三脚のスタートは同9月の東レ・パンパシフィック・オープン。準々決勝は印象に残っている。

 「相手の土居(美咲)さん、日比野(菜緒)さんペアの方が、ファンが多くてアウェー感があった。ファンにとって私はまだ分からない選手だったから…」

 敬語の苦手意識から青山に遠慮した時期も乗り越え、2人で6度の優勝を重ねた。五輪用に結成されるペアも多い中で実績は十分。メダルも狙える東京五輪で、祖父母の前でホームの雰囲気を味わい、プレーすることを心待ちにしている。(大和田 佳世)

 ◆テニスの五輪出場枠 各国・地域でシングルス最大4、ダブルス最大2組、男女とも合計最大6人。男女ダブルスは32組で行われ、14日付時点の世界ランキングで上位10位以内が出場権を獲得。そのほか最大24組は、シングルスかダブルスの高いランキングを合算した2人の合計が少ない順から選ばれる。開催国枠もある。

 ◆柴原 瑛菜(しばはら・えな)1998年2月12日、米カリフォルニア生まれ。23歳。7歳でテニスを始め、8歳で全米協会の強化選手に選ばれる。16年全米OPジュニア女子ダブルス優勝。カリフォルニア大ロサンゼルス校に進学するが、休学し19年1月にプロ転向。同7月に日本国籍を選択した。175センチ、60キロ。右利き。両手バックハンド。家族は両親と兄2人。

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