近鉄トレード拒否 28歳引退の定岡正二 あの頃FA制度があったら…「現役引退」著者・中溝康隆氏に聞く

スポーツ報知
引退の決意を語る定岡正二(1985年11月1日)

 完全燃焼するか、己の美学を貫くか。巨人ファンのライター・中溝康隆さん(42)が新潮新書から刊行した「現役引退 プロ野球名選手『最後の1年』」(税込み880円)は、長嶋茂雄さん、王貞治さんらレジェンド24人の選手生活終盤を再検証した一冊だ。「去り際にこそ人間くさい、ドラマが宿る」と語る中溝さんに、254ページに込めた思いを聞いた。(加藤弘士)

 冒頭で中溝さんは書く。「過去とは美化されたウソである」と。

 「この本のテーマです。名選手に対してファンは現役時代のイメージを持っていますけど、全盛期については成績も言えるぐらいに知っているのに、終わりの方は曖昧だったりします。最後の1年のみに光を当てると、今まで見えなかったものが見えてくる。人間って、最後はきれいにまとめたがるんです。でも実は結構ドロドロだったりボロボロだったり。その『人があがく様(さま)』を書きたかったんです」

 参考にしたのは主に当時のスポーツ新聞や雑誌だ。国会図書館で丹念に調べまくり、当時の社会背景も交えて「時代の空気」を醸し出している。

 「今は名選手がYouTubeで昔話を披露していますが、それは参考にしないでおこうと思って。というのも、結構間違っているんですよ。当事者のお二人が『何年の日本シリーズ第何戦で』と語っていても、事実関係が違うことがよくある。おそらく記憶が無意識のうちに何度も塗り替えられ、都合のいい自分史に変わっている場合もあると思うんです。まさに『過去とは美化されたウソ』になっている」

 取り上げるのは球史を彩った名選手24人。いきなり第1章の王貞治さんが強烈だ。40歳イヤーの80年にシーズン30発を打ちながら「王貞治のバッティングができなくなった」と会見で話したのは、もはや伝説。同年には一部メディアが「12球団で最低の4番打者」などと書き立て、引退への流れを作っていたのは、今読むと衝撃だ。

 「当時は『38歳限界説』があったんです。川上哲治さんや長嶋茂雄さんが辞めた年齢で、王さんも39歳、40歳シーズンは外野の声との闘いでもありました。今の球界で30本打って辞める選手って絶対いない。山本浩二さんも27発打ってベストナインに選ばれて引退していますから。これだけ打っているのに、周囲も『いつ辞めるんですか?』って聞く。今の球界は名選手になると、本人が希望するまで現役でいられたりする。当時は今とは全然違い、自分の意思ではどうにもならない感が強かったんです」

 中でも定岡正二さんの章では、中溝さんの筆圧が強くなっていくのが分かる。甲子園のアイドルは巨人入団8年目の82年に15勝をマーク。それから3年後の85年、47試合に登板しながら、近鉄へのトレードを拒否。喧騒(けんそう)の中で引退を決断する。28歳だった。

 「定岡さんって悲壮感がないんですよ。引退に際しても常に明るい。『巨人は僕にとって青春そのものだった』って、所属グループを卒業するアイドル感がハンパない。根本的なポジティブさに、すごく勇気をもらえました。28歳で『トレードなら引退』って今なら考えられませんけど、例えばFA制度があったら、また違う人生があったとも思います。本人の意思が反映されない時代だからこそのドラマというのが、確かにありましたね」

 江川卓さん、掛布雅之さん…突然の引退劇の裏側も読み応え十分だ。

 「エースはエースのまま、4番は4番のままで終わっていくという美学。今で言うと坂本勇人、菅野智之の年齢ですよ。若くして、己のダンディズムとともに去っていく人もいれば、ボロボロになるまでしがみつく人もいる。極端に分かれて興味深いです。そこに人間くささや人柄が浮かんでくるんですよ」

 早すぎる決断には、80年代の時代背景もあったというのが中溝さんの見立てだ。

 「超好景気で、引退後は年収が5、6倍になるという報道も当時は結構ありました。巨人戦は毎試合、地上波で解説の仕事があったでしょうし、スポーツキャスターへの転身も多く見られた。今の方が『ユニホームにしがみつく』傾向は強いでしょう」

 引退といえば感動的なセレモニーも印象深いが、中溝さんが別格として挙げるのは、やはり74年10月14日、長嶋さんの引退試合だ。

 「国民的行事であり、昭和史の重要な出来事。そういう規模の引退試合って、それ以前もそれ以降もない。一つの時代が終わり、次の時代が始まった。長嶋さんの活躍が、いかに人々の日常に根ざし、元気を与えていたかが、セレモニーからも浮かび上がってくるんです」

 組織内での評価と自己評価とのギャップに悩む人々には、仕事上のヒントも得られそうな一冊だ。

 「長嶋さんや王さんも、辞める時はすごく悩んでいた。人間関係で大変なのは、プロ野球選手も一緒です。コロナ禍で働き方が変わり、自分の人生を考える時間が増えた方も多いでしょう。これからどう働くべきか、仕事に対する距離感はどうすべきか、レジェンドから学んでみるのも面白いと思います」

 ◆中溝 康隆(なかみぞ・やすたか)1979年2月15日、埼玉県秩父市生まれ。42歳。大阪芸大映像学科卒。デザイナーとして活動しつつ、2010年10月からブログ「プロ野球死亡遊戯」を始め、軽快なタッチの文章とマニアックな知識で累計7000万PVを記録するなど話題に。主な著書に「プロ野球死亡遊戯」(文春文庫)、「原辰徳に憧れて―ビッグベイビーズのタツノリ30年愛」(白夜書房)、「令和の巨人軍」(新潮新書)などがある。

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