「エレキギターの神様」寺内タケシさん死去 82歳 肺炎で

スポーツ報知
寺内タケシさん

 “エレキギターの神様”と呼ばれたギタリストの寺内タケシ(本名・寺内武)さんが18日午後8時37分、肺炎のため横浜市内の病院で死去した。82歳。葬儀・告別式は近親者で行い、後日お別れの会を開く。喪主は長男・章さん。

 関係者によると、寺内さんは今春に誤嚥(ごえん)性肺炎のため入院。その後は回復傾向にあり、リハビリに励んでいた。今月18日午後に容体が急変し、息を引き取った。

 ずば抜けたギターテクニックを武器に「ブルージーンズ」のバンドマスターとして活躍。クラシックから民謡まで、さまざまなバージョンで独自のサウンドを創り出した。1500校を超える「学校巡礼コンサート」もライフワークに活動していたが、最近は表舞台から遠ざかっていた。

 茨城・土浦市議会議長も務めた父が経営する海軍御用達の電気屋の家に生まれ、5歳でエレキギターを“発明”したという逸話も持つ寺内さん。母は三味線と小唄の家元で、幼少から音楽に触れて育った。中学の頃からバンド活動を繰り広げ、高校卒業後は関東学院大電気科に進学した。85年に故郷の茨城・筑波学園都市で開催された「科学万博」では総合企画担当も任されるなど、音楽界にとどまらない活動で多大な功績を残した。

 大学在学中にプロ活動を始め、ミッキー・カーチスやジミー時田さん(00年死去、享年63)とバンドを組んだ後、62年にブルージーンズを結成。67年に「レッツ・ゴー・運命」で日本レコード大賞編曲賞、78年には「民謡大百科」で同企画賞を受賞。万単位の持ち歌を持つという中で「津軽じょんがら節」「ソーラン節」などエレキ民謡など独自の音楽制作でも高い評価を得た。

 かつて「エレキ=不良」と言われた時代もあった。65年には栃木・足利市教育委員会が「エレキ禁止令」を出したが、74年から、その風潮を打破するために全国各地の学校を巡って視聴覚教育「ハイスクールコンサート」をライフワークに、訪問した学校は1500校を超える。04年には、青少年の情操教育に尽力し、斯界の発展・向上に貢献したとして文化庁長官表彰を受賞した。また海外公演も積極的に、病床の少女の願いをきっかけに訪れた3度の旧ソ連での公演も、連日1万人以上を動員。演奏した国は30か国以上とも言われる。

 全国の8市町村からの研究要請を受け、阪神大震災が発生した2年後、音響工学を駆使し、現場情報を収集して避難誘導する非常災害用車両を考案、設計したこともあった。

 02年には大腸がんを患ったが、見事に復帰。その後も精力的に活動。最近(19年9月現在の情報)では19年9月13日に都内で「テリー復活!スペシャルライブ」としてステージに立つなど、80歳を超えても生涯現役を貫き、類いまれなギターパフォーマンスでファンを魅了していた。

 ◆寺内 タケシ(本名・寺内武=てらうち・たけし)1938年1月17日、茨城・土浦市生まれ。大学在学中の57年に「ウエスタンバンド」、59年にジミー時田、いかりや長介、ジャイアンツ吉田と「マウンテン・プレイボーイズ」結成。63年「ブルージーンズ」、66年「バニーズ」を経て、68年「―ジーンズ」再結成。

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