「フロイド・メイウェザーを思わせた藤井聡太棋聖の戦い」中村太地七段が棋聖戦第2局を解説

スポーツ報知
藤井聡太棋聖(日本将棋連盟提供)

 将棋の藤井聡太棋聖(18)=王位=が18日、兵庫県洲本市の「ホテルニューアワジ」で行われた第92期棋聖戦五番勝負第2局で挑戦者・渡辺明名人(37)=棋王、王将=に先手番の171手で勝ち、開幕2連勝でタイトル初防衛に王手を掛けた。2012年に同ホテルで行われた棋聖戦五番勝負第1局に挑戦者として臨み、タイトル戦にデビューした経験を持つ中村太地七段(33)が本局を徹底解説した。(構成・北野 新太)

 すごくバランスを取るのが難しく、高度な応酬が繰り広げられた将棋でした。藤井棋聖の指し手に「派手さ」はなく、ただ「強さ」がありました。

 先手の藤井棋聖は居玉(王将を初形の位置のまま動かさないこと=悪形とされる)で、後手の渡辺名人はコンパクトな堅陣を敷きました。先手を持って(仮に自分が先手として指したら)勝ち切るのはかなり難しい形なんです。仮に優勢を築いたとしても一手のミスで一気にダメになってしまうような危うさがあるのですが…藤井棋聖は完璧に指し切っていました。

 驚いたのは持ち時間の使い方です。171手で終局した将棋ですが、65手目の局面で藤井棋聖の持ち時間は4時間のうち7分しか残っていませんでした。

 ここからが最も難しくなり、正解に辿り着くためにはどれだけでも時間が欲しいという局面が残されていましたが、時間を使わずに乗り切ってしまった。そこまでの3時間53分の間にどこまで深く、どこまで先まで考えていたのかと…。もしかしたら、時間を費やして少しでも有利な展開にさえ持ち込みさえすれば、終盤は時間が無くても間違えない、という感覚を持っているのかもしれません。

 派手は手はありませんでしたが、藤井棋聖の地味な手の中に印象に残るもの、それこそ滋味深いものがいくつもありました。

 83手目に▲6六金と上がった手。バランスを保つのが難しい局面で、さらに駒をバラバラにしてしまう手なのですが、巧みに自陣の均衡を保つ一手でした。

 105手目▲3三歩から3筋に歩を連打して後手陣を崩していった一連の構想。さらに137手目▲4二歩は、指されてみると当たり前の基本的な手筋なのですが、手の広い茫洋とした局面で指された正着ということで非常に印象に残ります。結果、歩を成り込んで4一の地点につくった「と金」が輝く終盤になりました。藤井棋聖は常に急所を見誤らなかったと思います。

 ボクシングの専門的な知識も持ち合わせていないのに恐縮ですが、どこかフロイド・メイウェザー(注・米国の元プロボクサー。5階級制覇を成し遂げ、50戦無敗のまま2017年に引退した名選手)の戦いを思わせるものが本局の藤井棋聖にはありました。派手なパンチを出したわけではなく、卓越したバランス感覚や相手に打たせないディフェンスのセンスなど、かなりの玄人にしか分からないような高等技術が秀でていたように感じました。

 第1局は研究勝負における深さと正確さを見せつけ、本局では名人に持ち込まれた力戦の中でも正確で居続けられる能力を見せた将棋だったと思います。

 でも、百戦錬磨の渡辺名人は状況を冷静に見ていると思います。2連敗ですからもちろん苦しい展開ですけど、先手番の第3局をしっかり取れば流れは変わるとみていると思いますし、実際に自分もそう思います。タイトル戦はあと1勝の苦しさというものもあります。

 本局の対局場になったホテルニューアワジさんは、自分にとって思い出深い場所です。挑戦者として出場した2012年度の棋聖戦での自分を思い出しながら勝負を見ていました。タイトル戦の大舞台の貴重さ、ありがたさを初めて体験したこと。力を出し切れた、という思い。そしてタイトル戦という舞台では、やはり高いレベルの将棋を指さなくてはならないし、実際に高いレベルで指されるのだな、ということを考えながら見ていました。(談)

 ◆中村 太地(なかむら・たいち)1988年6月1日、東京都府中市生まれ。33歳。故・米長邦雄永世棋聖門下。6歳で将棋を始める。2000年、棋士養成機関「奨励会」に入会し、06年に四段昇段。早実高では日本ハム・斎藤佑樹投手と同学年。早大政経学部卒。12年の棋聖戦、13年の王座戦で羽生善治に挑戦するも及ばず。再び羽生に挑んだ17年の王座戦では3勝1敗として初タイトルの王座を獲得した。

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