通算300号&1000安打達成 バレンティンの背中を押す“親友”の存在

ウラディミール・バレンティン
ウラディミール・バレンティン

  ソフトバンクのバレンティンが安どの笑みを浮かべた。「記録寸前で時間はかかってしまったけど、今まで積み重ねてきた数字なので」と振り返ったのは、通算300本塁打と1000安打のこと。6月13日のヤクルト戦(ペイペイD)で同時に達成してみせた。

 13年にシーズン60本塁打のプロ野球新記録を打ち立てた古巣から放ち、12球団本塁打もクリア。「素直にうれしいよ」と記念ボードを掲げた。尊敬する王貞治球団会長の前でやり遂げ、無観客だったのがもったいないほどの快挙。今は日本にいない“親友”も、きっと喜んだだろう。

 出身地のキュラソー島を離れ、ベネズエラへ渡ったのが中学生の頃。メジャーリーガーになることを夢見て、現地のアカデミーに飛び込んだ。ゴロゴロいるダイヤの原石で、飛び抜けた能力を発揮していたのが元サッカー少年。ホセ・ロペスだった。1984年生まれの自身より一学年上で、同じ野手の右打者。長い付き合いの始まりだった。

 技量を磨き、同じ2000年にマリナーズへ入団した。メジャーデビューは07年。ロペスより3年遅かった。3年のメジャー生活で15本塁打。9年間で1036試合に出場した相手には及ばなかった。活躍の場を日本に求めたのが11年。今度は2年遅れで、ロペスが日本へやって来るという巡り合わせだった。

 ヤクルトと巨人でキャリアをスタートし、それぞれソフトバンク、DeNAと移籍も経験した。互いの力を認め、尊敬し、セ・リーグ時代には何度も食事に出かけた。「アメリカではロペスが先輩、日本では俺が先輩だから」。都内なら焼肉、焼き鳥、横浜ではすき焼きがお決まり。冗談交じりに胸を張り、数え切れないほどの刺激を受けた。

 移籍1年目だった昨季は60試合で打率1割6分8厘、9本塁打の大不振。定位置は与えられるものでなくなり、良きライバルも日本を去った。「これからもチームの勝ちにつながる一本を打ち続けて、貢献していきたいと思う」と決意を新たにした契約最終年。ベテラン助っ人の意地に注目している。 (記者コラム・長田 亨)

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