引退後に歌手としても活動した通算145勝投手マドキャット・グラントさん死去…“凶暴な猫”ではなく…

ジム“マドキャット”グラントさん(AP)
ジム“マドキャット”グラントさん(AP)

 ア・リーグの黒人投手としては初の20勝投手となったジム“マドキャット”グラントさんが亡くなった、とツインズが12日(日本時間13日)に発表した。85歳だった。死因は明かされていない。

 私が、日本ではあまり知られていないグラントさんを取材したのは1994年、王貞治さんが主催していた世界少年少女野球大会の際に行われていた日米OBオールスター戦だった。

 その前に彼のプロフィールはこうだ。

 1935年に米フロリダ州に生まれたグラントさんは1958年インディアンスでメジャーに昇格。71年まで7球団でプレーし145勝119敗をマークしたが、絶頂時が64年から67年までのツインズ時代。中でも1865年には6完封を含むリーグ最多の21勝をマークし、ツインズ移転後初優勝に貢献。ドジャースとのワールドシリーズでは2勝1敗。第1戦ドジャースのドン・ドライスデールと投げ合って完投勝利、第4戦ではドライスデールに投げ負けたが、中2日で迎えた第6戦はクラウド・オスティーンとマッチアップで再び完投勝利。6回には3ラン本塁打も左中間スタンドに叩き込んでいる(シリーズは最終戦サンディ・コーファックスの完封勝利でドジャースが4勝3敗で2年ぶりの世界一)。

 現役引退後はインディアンスの実況、解説などを行っていた。また、スポーツへの黒人の参加を提唱した。彼は2006年に「The Black Aces」を共同執筆。この本は、ボブ・ギブソンやファーガソン・ジェンキンスのような有色人種で20勝以上を挙げた投手の人生を記録したもので、2007年、当時のジョージ・W・ブッシュ大統領は、黒人歴史月間のホワイトハウス式典でグラントらを「過去のある時点では、アフリカ系アメリカ人の投手はあまりいませんでした」。「マドキャット、勇気、性格、忍耐力を示してくれてありがとう。また、模範を示してくれてありがとう」と称えたという。

 さて、ここからが本題である。私は当時、ニックネームのMUDCAT をMADだと思って、面白い由来があるのかと思って、聞いてみた。すると「君も間違えたのか、実はスペルがMUDなんだよ。ミシシッピ川に潜む大なまずのことさ」と笑った。

 彼はOBオールスター戦の前夜祭で生バンドをバックに、バラードからジャズ、リズム&ブルースまで何と5曲も歌って王さんら会場内をうっとりさせたのだった。直後に歌った稲尾和久さん、小林繁さんも通常なら玄人はだしなのだが、この2人がかわいそうになるくらいの迫力だった。

 プロのシンガーですか?の質問に「ソロシンガーとして年に十数回コンサートに出演。1ステージ3000ドル(約30万円)ほどもらっているんだよ」と教えてくれた。つまり、現役引退後は歌手活動も行っていたのだった。

 2011年、ツインズ時代のチームメートで通算573本塁打したハーモン・キルブリューさんが亡くなった際の追悼式では、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」を独唱したという。彼を選んだツインズ関係者もさすがだった。

 グラントさん。いい思い出をありがとうございました。謹んでお悔やみ申し上げます。

蛭間 豊章(ベースボール・アナリスト)

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