横浜FMポステコグルー氏が退任会見 3年半で攻撃的スタイル確立「見ていて楽しいサッカーをつくりあげた」

ポステコグルー監督
ポステコグルー監督

 横浜FMの退団を10日に発表し、同日スコットランド1部・セルティックの監督に就任したアンジェ・ポステコグルー氏(55)が11日、オンラインで退任会見を行った。

 同氏はオーストラリア代表監督としてW杯ロシア大会の大陸間プレーオフを勝ち抜いた後、2018年シーズンに横浜FM監督へ就任。1年目は残留争いに巻き込まれて12位だったものの、2019シーズンには4度目のリーグ優勝へ導いた。今季もここまでリーグ戦16試合を終えて3位。今季終了までの契約を結んでいたが、クラブ側も本人の意向を尊重し、双方合意のうえで退任が決まった。

 愛称は「ボス」。3年半を「楽しい思い出しかない。成功をもたらし、見ていて楽しいサッカーをつくりあげた」と振り返った。時に厳しく選手を叱咤激励(しったげきれい)し、選手の好パフォーマンスには力強いガッツポーズで喜びを表現。「コーチ陣、選手たちもしっかりリーグの中で成長してくれたと見ててわかる」と目を細めた。やり残したことについて問われると、「もっともっと自分はこのクラブでタイトルを獲りたかった」と思いを口にしたが、「自分はこれからもマリノスの一員として次のところでもやっていきたい」と新天地での飛躍を誓った。

 「大事にしたいのは、とにかく怖がらずにチャレンジ精神を持って自分たちがやろうとすることを貫くこと」。3年半の就任期間で、攻撃的スタイルをベースとしたサッカーを掲げ、築き上げてきた。間違いなく、そのサッカーは今のクラブに根付いている。最後にボスは、「これからも自分がぶつけてきたサッカーをやってくれると信じてる。それを自分は追っかけ続けると思うので、楽しみにしたい」と願いを込めた。

 会見での主なやりとりは以下の通り。

 ―3年半の総括。

 「マリノスに来る前に、自分はJリーグのことやこのクラブのことは知っていました。ここに来て、楽しい思い出しかないし、自分はビジョンを持ってチームをどうやって作り上げていくか、強い思いを持ってやってきました。長い年月だったかもしれませんがしっかりと成功ももたらし、見て楽しいサッカーをつくりあげてきました。この3年半という期間でどれだけのものを得たか。すごくここで去ってしまうのは悲しくもあり、本当にさみしい気持ちでいっぱいです。ですがここで自分が培ったものでこのクラブが発展していく、そういう部分を常に見ていくし、自分はこれからもマリノスの一員として次のところでもやっていきたいと思っています」

 ―決断の経緯、どういう話をしたうえでセルティック行きを決めたのか。

 「マリノスでのことや、自分が監督としていろんなところで経験をしてきた、自分がやろうとしてるサッカーをどれだけクラブ、選手たちに伝えていくのか。未来のことに関しては誰もわかりません。とにかく自分のことではなく日本のことであったり、選手やクラブのことを話したい。本当に楽しい時間を過ごさせてもらいました。この決断に関しては簡単ではありませんでした。どこで何がどうなるかは誰もわかりません。自分はこのクラブのことを話したいなと思います」

 ―Jリーグが高いレベルで成長するために足りない点。

 「メインになるのは例えばこのクラブであったらセーフティーに似たようなサッカーがJリーグには多いと思います。どういうサッカーをするか、やり方をするか正解はないです。その中で自分が大事にしたいのはとにかく怖がらずにチャレンジ精神を持って自分たちがやろうとすることを貫くこと。それに尽きると思います。その中で自分が初年度来た時に、攻撃的なサッカーをするチームは少なかったです。自分はやはり違いを見せてやっていく。同じようなことをやってもそれはまねごとというか、似たサッカーになってしまいますので。自分は違いを見せることが大事だと思っています。今日までにこのチームで指揮を執っていた中で、コーチ陣、選手たちもしっかりリーグの中で成長してくれたと見ててわかります。いろんなところで、もう一度言いますが、正解はないです、この世界に。ですが何かをチャレンジすることは大事だと思っています。怖がらないことが次の成長につながると思っています」

 ―選手には最後どのような言葉を。

 「選手たちに述べたのは、『何か特別なことを成し遂げていく瞬間をみんなでつくりあげようと。いろんな方々の印象に残ることをやっていこう。ずっと語り継がれることをやっていこう』と自分は言い続けてきました。日々の練習も常に高い水準を求め、妥協せず成長を選手たちが求め続けて。もちろんこれはリスクも伴います。でもリスクを負ってでも選手たちはやってくれました。『何かが起きたときはすべて自分が責任を負うからしっかりやっていこう』と自分は伝えてきました。どこに自分が関わった人がいようが、自分はその人たちを、選手を含め追い続けます。彼らの成功と発展を自分は信じていますし、頑張ってほしいと思ってます。一番大事になるのはやってきたこと、自分を信じること、このサッカーを信じること。そして仲間を信じ、恐れずやっていくことが大事だと、そういうふうに伝えました」

 ―理想に掲げたものを具体的に。3年半でどのくらい達成された?心残りはあるか。

 「ビジョンは常に持って自分はやっています。どのようなサッカーをこのマリノスでやっていこうかと見たときに、違ったやり方を彼らは自分が来る前はしていた。なので、アプローチをしっかりかけて自分のやろうとするビジョンを頭の中で描いてここにやってきました。どの監督も成功をもたらすために、クラブは監督を選び、監督もクラブでしっかりそれを成し遂げていくのが仕事です。自分も成功をもたらすためにここにきました。もちろん、初年度は難しい時期を過ごしました。ルヴァンでも悔しい思いをしましたし。自分が成し遂げられなかったこと、やり残したことは、タイトルをもっともっと獲りたかったです。ACLに出続けたり、上位にくい込むチームづくりを自分は掲げています。タイトルをもっともっと獲ることによって、強いマリノスを、もう一度自分はつくりだしたかった。それは今も変わりません。今年も最初は負けてしまい、難しいスタートを切ってしまったが、そこから順調に進み、リーグでは2敗しかしていません。コロナ禍で新しいコーチも来られなかったりで、難しいスタートでした。それでも自分はこれからのマリノスの発展、これから目指していくクラブが本当に楽しみです。最後に言いたいのは、もっともっと自分はこのクラブでタイトルを獲りたかったです。それが心残りです」

 ―マリノスに残したもの、未来に受け継いでいってほしいもの。

 「今マリノスのサッカーは確立されてると自分は思います。まずはこれが今後も続くことを願っていますし、このクラブにきて、自分のやろうとしてることが根付き始めてると思っています。自分はここから離れてしまいますが、常にクラブと今後もつながっていますし、何かがあればアドバイスもしたいとも思います。これからも変わらず、このサッカーをしてもらえたらうれしいです」

 ―選手と一定の距離感を取りながらも求心力があった。マネジメントの極意は。

 「難しい質問。言えるとすれば自分が得てきた経験、人生もだけど、メインは経験を良かったことも悪かったことも含めてみんなに伝えることだと思っています。誰が言ったとか、誰がこうしたから自分もこうしようとかではなくて、これが自分なんです。自分でしかないので、誰かのまねごとをしたりするとかではないです。得てきた経験をいろんなところでこれからも使っていきたいし、自分でしかないの一言です」

 ―選手には自主性を求めてきた、スタートからどのように成長したか。本当の意味でプロになれたのか。

 「選手もスタッフもこのサッカーをだいぶ理解してくれてると思っています。簡単なことではなく、常にチャレンジな部分が多いです。ですが関わった選手やスタッフが、これからも自分がぶつけてきたサッカーをやってくれると信じています。それを自分は追っかけ続けると思うので、楽しみにしています」

 「自分は家族とともに外国から日本にきました。自分は一番不安だったのは、どういうとこなのか、どういう人たちなのかというところでした。ですが温かくみなさまに迎え入れていだたき、自分は幸せな気持ちでこの3年半を過ごさせてもらいました。家族とともに。(報道陣に向け)これからもみなさまとまたお会いすると思いますし、常に自分も追っかけていただきたいと思っています。本当にありがとうございました」

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