北澤豪と100万人の仲間たち<12>「サッカーの聖地・国立競技場と支えてくれた人々への感謝」

北澤豪にとってたくさんの良き思い出が詰まった国立競技場にて。写真は1994年1月16日、優勝したJリーグチャンピオンシップでのヴェルディ川崎の選手たち
北澤豪にとってたくさんの良き思い出が詰まった国立競技場にて。写真は1994年1月16日、優勝したJリーグチャンピオンシップでのヴェルディ川崎の選手たち

 元サッカー日本代表、北澤豪氏(52)。波瀾万丈の競技人生を疾走し、現在は世界の子どもたちを支援する環境づくりを目指している。その軌跡とビジョンを、ノンフィクション作家の平山讓氏が独占取材。毎月10日と25日に記事を公開していく。

デーゲームの引退試合も、その後に行われたナイトゲームのJリーグ公式戦も、この日の予定はすべて終った。ロッカー室の選手や、スタンドの観客が、一人もいなくなったが、国立競技場のピッチに北澤豪は一人、佇(たたず)んでいた。

「この日を境に、僕は選手ではなく、裏方にまわるわけでしょ。だから最後までこの場に残り、スタッフの後片付けの作業を見届けたいと思ったんです」

すべてのライトが消えて真っ暗になるのかと思いきや、あることに気がついた。わずかに一条(ひとすじ)残されたライトが、一点を照らしていた。

「そこだけ明るい場所へと歩いて行ってみると、陸上トラックの第1コーナーでした。なぜ、まるでスポットライトを当てているみたいにしているのか、国立競技場の職員に訊(き)いてびっくりしました」

それは、華やかなスポットライトではなかった。ある夜、何者かによって第1コーナーのアンツーカーが掘りおこされ、穴があいているのを発見した。ランナーにとって危険なその穴は、無論すぐに修復した。だが別の夜、ふたたび穴を見つけた。それは修復を終えたばかりのやはり第1コーナーで、また修復した。そこからは掘られては埋めての鼬(いたち)ごっこで、仕方なく本来ならすべて消灯するはずのライトを、第1コーナーを照らす一点のみ夜通し灯(とも)したままにしておくことにした。すなわちそれは、穴を掘られないための防犯ライトだった。

「ただのイタズラかもしれません。でも、埋められても、埋められても、また忍びこんでは掘りおこす執拗さは、もしかしたら、なにか競技中にそこでトラブルがあった選手が、恨みを持っているからなのかもしれないな、などと想像してしまいました。スポーツの裏側を見たような気がして、そのスポットライトが妙に印象に残ったんですよね」

暗闇に浮かびあがる第1コーナーを眺めながら、「サッカーの聖地」と称されるこの国立競技場での自身の思い出を、ふと彼は脳裡にめぐらせた。

「サッカーが変革してゆく大きなうねりのなかで、Jリーグ開幕戦をプロとしてここで迎えました。そこから、ワールドカップに挑む戦いもここで経験しましたし、敗戦の悔しさも、勝利の喜びも、たくさんの思い出がここには詰まっています。自分の活動の中心だったここを、傷つけようなんて気は、もちろんさらさらない。僕はここに、感謝の気持ちしかありませんでした。そう考えると、なんて幸せなサッカー人生だったんだろうと、あらためて思えてきたんです」

もう暗くてよく見えないスタンドには、明るかった先程まで、引退してゆく彼に最後まで声援を送り続けてくれた、たくさんのサポーターがいた。

「大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、一つの時代を、僕らはサッカーという競技で動かしながら突き進んでいた世代でした。それは、僕ら選手だけじゃなく、ここへ足を運んで喜怒哀楽をともにしてくれた、日本中のサポーターも一緒にね」

そして、メインスタンドの一席では、引退試合もいつものように、母の正子(まさこ)が見つめてくれていた。

「僕がサッカーを始めるまでは、スポーツとはまるで無縁の生活を母は送っていました。それなのに、僕が子どもの頃から僕の試合に、どれだけ足を運んでくれたことか。僕が所属しているチームの試合は、僕が出ていない試合まで応援に行ってくれたりもしたんです。引退試合でも、母が最後まで手を叩いて喜んでくれている姿が見えました。もう、僕の試合を見てもらうことはできないけれど、この国立競技場でも、たくさんの思い出を残すことができたのかな」

今際(いまわ)の際には、人生の記憶が走馬灯のように甦(よみがえ)るといわれる。引退というサッカー選手にとっての死を迎えた北澤もまた、最後のピッチ上で、いくつもの場面をフラッシュバックさせていた。それは、国立競技場ばかりではなく、世界の各地の競技場に及んだ。

 プロ化初戦の歴史的一戦「Jリーグ開幕」。

 ロスタイムで夢が潰(つい)えた「ドーハの悲劇」。

 彼にとっても「神様」だったジーコと対峙した第1回Jリーグチャンピオンシップ。

 延長戦でゴールデンゴールが決まった「ジョホールバルの歓喜」。

 ワールドカップ大会直前合宿中に三浦知良とともにメンバーから落選した「ニヨンの屈辱(くつじょく)」……。

ここから本連載では、彼が生きてきたプロ化以後の激動の時代の当事者であり続けた本人の記憶とともに、しばし辿(たど)ってみたい。(敬称略)=続く=

〇…6月5日に閉幕した国際視覚障害者スポーツ連盟公認「Santen IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ 2021 in 品川」で、日本が銀メダルを獲得した。初の決勝進出を果たした日本は、世界ランク1位のアルゼンチンと対戦。0-2で敗れたものの、地元で悲願の初メダルを手にした。アルゼンチンは3連覇。コロナ禍の緊急事態宣言下、大会関係者の尽力で無事に終了し、「応援キャプテン」として大会を盛り上げた北澤氏もひと安心だ。

◆平山讓(ひらやま・ゆずる) 1968年、東京生まれ。作家。ノンフィクションや実話を基にした物語を数多く手がける。主な著書は「ありがとう」(講談社/東映系にて全国ロードショー)、「ファイブ」(幻冬舎/NHKにてドラマ化)、「4アウト」(新潮社)、「パラリンピックからの贈りもの」(PHP研究所)、「中田翔 逃げない心 プロ野球選手という仕事」(主婦と生活社)など多数。

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