JRA初の富山県出身トレーナー 小林真也調教師「夢は凱旋門賞」

スポーツ報知
今年3月に開業した小林真也調教師

 私は富山県生まれ。競馬の取材を始めて14年半だが、やっぱり同郷人は応援したくなる。富山県から初めて誕生したJRAトレーナー、小林真也調教師は今年3月に栗東で開業。調教師としては若手の40歳で、ここまで4勝と順調に滑り出している。生まれは射水郡大門町(合併で現在は射水市)。実家は庄川のすぐ近くで、少年時代は新湊の海で釣りをするのが大好きだったという。

 25年ほど前、富山県での競馬中継は有馬記念などの大レースが年に数回あるだけ。私は高校生のときまで全く競馬を見たことがなかった。隣の石川県に金沢競馬があるとはいえ、競馬になじみの薄い地域。そんな環境で育ったトレーナーに興味を持ったきっかけを聞くと、「中学3年の時、クラスに競馬好きの友達がいて毎週、予想で勝負をしていたんですよ。たまたま3週連続で当たったけど、マヤノトップガンが逃げ切った有馬記念(1995年)で僕はヒシアマゾンとナリタブライアンで大勝負をして見事に外れました。そこから競馬にはまり、テレビゲームのダービースタリオンもはやっていましたから」と振り返る。

 富山工業高等専門学校(現富山高等専門学校)の物質工学科に入学し、当初は父の光雄さんと同じように薬品関係の仕事に就くことも考えたという。だが、週末は家電量販店に通ってテレビで競馬中継を見たりするうちに、競馬への情熱はどんどん膨らんでいった。

 5年制の富山工業高専を3年で中退し、競馬の道に進むことを決心。周囲はあ然とし、母の昭子さんからは「せめて卒業して」と泣きつかれたが、決意は揺るがなかった。「少しでも早く始めたいと思っていました。卒業したら20歳。高卒の人は18歳だから2年遅れるのが嫌でした」。それまで馬に乗ったことも触ったこともなかったが、ひたむきに馬と向き合い、北海道・早田牧場新冠支場、福島・天栄ホースパークの勤務を経て、2004年7月にJRA競馬学校に入学。翌05年3月に滋賀・栗東トレセンに入った。

 平田修厩舎では担当馬を持たない調教専門助手の攻め専として活躍。NHKマイルC制覇(2012年)のカレンブラックヒルなどに携わり昨秋、難関の調教師試験に合格した。12回目の受験での突破だが、「28歳から受け始めて、1次は2回目からずっと受かっていました。すぐに順番が来ると思ったのは大きな間違いで、正直だらけていました。でも、その間に平田厩舎で経験したことは大きな財産。合格後も牧場などをひと通り紹介していただき、平田先生には何もかもお世話になりました」といつも感謝している。

 北陸出身のホースマンといえば、金沢市出身の角居勝彦元調教師。小林厩舎にはシーザリオに携わった鈴木裕幸助手、ディアデラノビアを手がけた酒井貴之助手の元角居厩舎のスタッフが2人いる。「角居先生は国内外のG1を勝ちまくって成績もすごかったけど、人づくりもすごい。他厩舎から来た人がどうかではなく、角居厩舎出身の2人が素晴らしすぎるんです。ちょっとした所作に驚き、常に勉強になっています」と、2月末に勇退した名伯楽の偉大さを改めて感じている。

 夢は大きく、世界最高峰のレース、仏G1の凱旋門賞に勝つこと。「角居先生が勝っていないレースに、いつか挑戦したい気持ちがあります。その前に国内のG1、その前に目の前の未勝利を。1頭1頭に丁寧な仕事をして、馬づくりを追求したいです」と目標を掲げる。NBAで活躍する八村塁選手(富山市出身)、リオ五輪の女子レスリングで金メダルを取った登坂絵莉選手(高岡市出身)のように、競馬でもTOYAMAの名が世界にとどろく日がきてほしい。(中央競馬担当・内尾 篤嗣)

 ◆小林 真也(こばやし・しんや) 1981年2月17日、富山県生まれ。40歳。初勝利は3月21日・中京8Rで師匠の平田調教師から譲り受けたウェイヴァリー。JRA47戦4勝(6月8日現在)。家族は妻、息子2人(6歳、3歳)。帰省して必ず行くのは、氷見市の寿司店「鮨よし」。富山の味覚では白えびが好物。

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