山県亮太 未知のスピード感「脚が回転に追いつかない」 男子100メートル日本新9秒95

男子100メートル決勝で、9秒95の日本新をマークし優勝した山県(右から2位の多田、3位の小池)(代表撮影)
男子100メートル決勝で、9秒95の日本新をマークし優勝した山県(右から2位の多田、3位の小池)(代表撮影)
男子100メートル決勝、9秒95の日本新記録で優勝した山県亮太(代表撮影)
男子100メートル決勝、9秒95の日本新記録で優勝した山県亮太(代表撮影)

◆陸上 布勢スプリント(6日、鳥取市・ヤマタスポーツパーク陸上競技場)

 男子100メートル決勝で、16年リオ五輪400メートルリレー銀メダルの山県亮太(28)=セイコー=が9秒95(追い風2・0メートル)の日本新記録で優勝した。サニブラウン・ハキーム(22)=タンブルウィードTC=が19年に出した従来記録を0秒02縮めた。9秒台突入はサニブラウン、ともに自己記録9秒98の桐生祥秀(25)=日本生命=、小池祐貴(26)=住友電工=に続き日本勢4人目。東京五輪参加標準(10秒05)も突破し、日本選手権(24日開幕・大阪)で3大会連続の五輪切符に挑む。

 未知のスピード感だった。山県は「脚が回転に追いつかない。最後は、ふわふわしていた」。電気計時に目をやると、速報値は日本タイ記録の9秒97。会場がどよめいた。「公認であってくれ…」。上限いっぱいの追い風2・0メートル、9秒95の日本新記録が表示されると、一気に破顔した。「肩の荷が下りた。うれしいのと、ホッとしたのが大きい。長年の夢だったのでうれしい」。28歳の等身大の喜びだ。

 予選で10秒01。決勝は「世界(大会)の準決勝だと思って臨んだ」と、勝負と記録を追い求めた。中盤で多田修平(24)=住友電工=に先行されたが、終盤に逆転。「集中を切らさず、走りのペースを崩さないように意識した」。0秒06差で振り切った先が、待ち焦がれた世界だった。高野大樹コーチ(32)は「(山県と同じく指導している)寺田(明日香)と抱き合って泣いた。うれしすぎて」。山県も「支えてくれる人がいなければ、どこで気持ちが切れていたか分からない」と感謝を込めた。

 15年4月のセイコー入社式。銀座和光の時計台の下で「人生を懸けて出したい」と誓った9秒台への道は、険しかった。17年9月9日、桐生が9秒98を出し「(日本初の9秒台を)もう達成できない喪失感がある」と吐露した。18年アジア大会決勝は9秒997。公式記録は1000分の1秒を切り上げ、10秒00になった。9秒台(=9秒990)まであと7センチに迫った山県に、試練は続く。19年は肺気胸、20年は右膝違和感に苦しんだ。「膝をやってからがしんどくて。待てば治るけど、同じ動きをしたら再発する。動きから変える大改革が必要」と、心を奮い立たせた。

 昨冬は股関節やお尻をうまく使い、膝や足首の負荷を減らす動き作りに注力。「けがを治すには、姿勢から直さないといけない」と、戦国武将・石田三成一族の菩提(ぼだい)寺として知られる妙心寺寿聖院(京都)を訪れ、座禅指導を仰いだ。寝付きを改善する腹式呼吸を学ぶため、週1回のボイストレーニングも励んだ。努力を尽くし、悔いなく迎えた五輪イヤーに大願は成就した。

 次戦は、最大3枠の五輪切符を巡る日本選手権。山県含め5人が参加標準を突破済みで、3位以内が即時内定の“一発勝負”となる公算が大きい。「ベストを尽くして、五輪代表権を取りたい。今回の走りを追い風1メートル以内で出せるように、精度を上げたい」。向上心の先に“暁の超特急”こと、1932年ロス五輪の吉岡隆徳以来、89年ぶりとなる五輪ファイナリストの夢がある。(細野 友司)

 ◆山県 亮太(やまがた・りょうた)1992年6月10日、広島市生まれ。28歳。鈴が峰小4年から陸上を始め、修道高(広島)時代の09年世界ユース選手権100メートル4位。11年慶大へ進学。15年セイコー入り。五輪は12年ロンドン、16年リオの2大会連続出場。18年アジア大会100メートル銅メダル、400メートルリレー金メダル。

男子100メートル決勝で、9秒95の日本新をマークし優勝した山県(右から2位の多田、3位の小池)(代表撮影)
男子100メートル決勝、9秒95の日本新記録で優勝した山県亮太(代表撮影)
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