伊藤ふたば 憧れの野口啓代と仲良し野中生萌へ「尊敬する2人が初の大舞台でメダル取る姿を応援」

2月、ジャパンカップで伊藤ふたば(右)と笑顔で話す(左から)野口啓代、野中生萌
2月、ジャパンカップで伊藤ふたば(右)と笑顔で話す(左から)野口啓代、野中生萌

 前代未聞の五輪代表選考となったスポーツクライミング女子で、有力候補ながら五輪に届かなかった伊藤ふたば(19)=TEAM au=が、初実施の五輪に挑む野口啓代(あきよ、32)=TEAM au=、野中生萌(みほう、24)=XFLAG=へ、エールを送った。(取材・構成=小林 玲花)

 啓代ちゃんは、私がクライミングを始めた時からずっと憧れのクライマー。当時、日本女子でW杯のトップレベルで活躍していたのは啓代ちゃんだけ。父と一緒にたくさん映像を見て「かっこいい、私もいつかこうなりたい」とずっと思っていました。

 小3で出場したボルダリングの大会で、「サイン下さい」とお願いしたのが初めての会話。Tシャツにサインと、2ショットを撮ってもらいました。今でも大事な宝物です。

 今では啓代ちゃんの実家にある壁で一緒に登って、練習するなど、お姉ちゃんみたいな存在。1回の練習で自分が満足いくまで登り続ける姿を見て、いつも刺激を受けています。長い日で、昼の1時間休憩を挟んで正午から夜8時まで一緒に登り続けていることもありますが、啓代ちゃんと一緒だとすごく楽しいです。

 生萌ちゃんは、試合で会う回数が増え、仲良くなっていきました。「やってやるぞ」って気持ちが人一倍強い反面、普段はとても優しくて面白い。登りではフィジカルの強さと高い身体能力を生かし、ホールド間を飛ぶ課題で距離を出す力はすごいなと思います。

 スポーツ仲裁裁判所(CAS)の裁定で、私は東京五輪への出場はかないませんでした。気持ちも落ちて、練習もできなかった。けど、啓代ちゃんから電話が来て、一緒に涙を流してくれて、何かもう、それだけでうれしかった。少しずつ、次を目指して頑張ろうという気持ちが芽生えてきました。正直、今でも悔しい思いや、五輪に出たい思いは全然あります。でも、決まってしまったことは覆らない。今回受け止めた思いを24年パリ五輪へぶつけたいです。東京五輪出場を決めた啓代ちゃんと生萌ちゃん、尊敬する2人が、初の大舞台でメダルを取る姿を応援したいと思います。

 ◆スポーツクライミングの代表選考を巡る経過 19年10月、国際連盟が五輪選考に関する新たな基準を提示。日本は同年8月の世界選手権で男女最上位の野口、楢崎智に加え、同2番手の野中、原田の2人ずつの代表が既に決まっていたと発表。同年11月、2枠目は複数選手からの選考を検討していた日本協会は、国際連盟の新たな解釈の取り消しを求めてスポーツ仲裁裁判所に提訴すると発表したが、翌12月に提訴は棄却。2枠目は野中、原田に決まり、残り1枠を懸けた五輪代表決定戦は開催されなかった。

 ◆伊藤 ふたば(いとう・ふたば)2002年4月25日、盛岡市出身。19歳。盛岡中央高卒。父の影響で小3から本格的に競技を始めた。17年ボルダリング・ジャパンカップで初優勝、14歳9か月は史上最年少記録。20年はボルダリング、スピードのジャパンカップ2冠。21年春からプロ転向。160センチ。

スポーツ

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請