境鶴丸さん、52歳で希望し異動「定年までただ年を取る気が…」…フジテレビ元アナウンサー第二の人生(9)

スポーツ報知
52歳の時、自ら希望してアナウンス室から内部監査部への異動の道を選んだ境鶴丸さん(カメラ・中村 健吾)

 会社員にとって避けられない人事異動の瞬間は華やかにテレビ画面を彩るアナウンサーたちにもやってくる。高倍率を勝ち抜き、フジテレビに入社。カメラの前で活躍後、他部署に移り奮闘中の元「ニュースの顔」たちを追う今回の連載。5人目として登場するのは、「FNNスーパーニュース」など看板ニュース番組のキャスターとして活躍後、2016年、52歳の時に自ら希望して初めての異動の道を選んだ境鶴丸さん(57)。現在、適正業務推進室内部監査部という“お堅い”部署に勤務する境さんは「今、社の全体をすごく客観的に見ることができています」と話す。(構成・中村 健吾)

 52歳の夏、境さんは27年間いたアナウンス室を離れることをみずから選択した。後輩たちのスケジュール管理の仕事も増え、出役(出演者)としては曲がり角を迎えていた。

 「ベテランアナウンサーになると番組全体の役割分担の中での置き所が難しくなってくる面があると思います。特に男性アナウンサーで年齢が高くなってくると、番組側はメイン、もしくはそれなりの役割を用意しないといけない。いろいろな経験を積んでいるからこそ一家言持っており、『それはこうした方がいいんじゃないの』とアドバイスすることもあります。年下のスタッフも増えて、使いづらいところもあったと思いますよ。ただ、アナウンス室は魅力的な部署で、僕は27年いられて本当にラッキーだったし、最高に楽しかった。だから、ずっといたいという人の気持ちもすごく理解できます」

 40代半ばから“出処進退”を考えていた。

 「このまま、ある年齢になった時にアナウンサーとして管理職になっていくのと、他の部署に異動して別の仕事をするのと、どっちがいいだろうかと、随分前から考えていました。当時、アナウンス室に残りたいと言ったら残れたと思いますが、管理職をやりたいとは思っていなかった。僕は管理職として定年を迎えるよりも他の部署に行って、新しいことを一から学ぶ環境に身を置きたいと思ったんです」

 そんな決意の裏にはアナウンサーという仕事を冷静に見つめる視点があった。

 「アナウンサーは日々、自分の番組とアナウンス室の往復で番組のことを中心に考えているんです。番組をいかに面白くするか、スタッフにどう評価されているかなど、傍で見るより狭い範囲で仕事をしているかも知れません。他部署に異動して視野を広げたいという思いもありましたし、『自分の能力を考えればアナウンサーとして十分完走しただろう』という気持ちがありました」

 決意して、すぐ動いた。

 「『(外に)出て何をやったらいいか分からないけど、このまま管理職としてアナウンス室に残るのではなく、他部署に異動したい』という希望を(人事部に)出しました。勇気は必要でしたけど」

 希望を出した直後の16年6月に異動が決まったが、27年間、アナウンサー一筋だっただけに先行きは不安だらけだった。

 「当時の人事局長も『鶴丸が出たいと言っているけど、どこで使えるのだろうか』と思ったと思う。52歳のベテランになると、どこの部署に行ったとしても、年齢的にすごく使いにくい。それを重々承知の上で異動希望を出したので、どこに行ってもいいと思っていました。でも、いざ辞令が出て、内部監査部と言われた時は結構、びっくりしました」

 驚きの先にあった大きな不安―。

 「不安だらけでしたね。(アナは)記者やスタッフが書いた原稿を言葉でどう分かり易く伝えるかという仕事ですから、自分が書類を出すということもなかったし、私の場合は、普通のサラリーマンではあり得ないくらいパソコンのスキルも低かった。社内の人脈も少なかったですね。アナウンサーとして番組で話す話し方と会議で報告する時の話し方ではスキルが異なるので、会議の度に緊張していました。ずっと、話しのプロだったのに…」

 家族の反対はなかったという。

 「妻も子どもたち2人も僕がテレビに出なくなることについては少なからず寂しさがあったと思います。家で夫の仕事ぶりをモニターできる仕事なんて、そうそうないわけですから。でも、僕が27年務めた仕事を辞めるということはよくよく考えてのことなのだろうと感じ取ってくれたのかな。反対しなかったです」

 フリー転身という考えもまったくなかった。

 「ないですね。そういう才能もないと思うし。フリーというのはもともとタレント性があって、たまたま局アナだったという人が選ぶ道。僕の場合は違います。フジテレビの仕事には就いたけれども、たまたま、それがアナウンサーという仕事だったという感覚。僕は絶対的なアナウンサーではない。一貫して、そういう気持ちでしたね」

 1年上にはタレント性の固まりのような「花の3人娘」河野景子さん、有賀さつきさん、八木亜希子さんもいた。

 「まったく別物で同じまな板の上に乗っているという感覚はなかった。ただ、ただ、テレビの中の人を見るような感覚でした」

 華やかなアナウンス室から離れ、与えられた内部監査部という仕事への転身。そこには独自の人生観、仕事観があった。

 「この年齢になると自分を大きく変えるのは難しいので、新しい場所に身を置いたら嫌でも変わらざるを得なくなるだろうと思ったんです。これまでの経験の通用しない環境の方が自分が活性化するじゃないですか。野球選手と同じで、現役でずっとスタメン出場ができている限りは面白いのでしょうが、引退してコーチになって下さいって言われた時に『分かりました』となるかですね。野球が大好きで野球に携われていれば、どんな形でもいいですって人だったらいいと思いますが、僕はそうじゃなかった。アナウンス室にこだわって管理職になるよりも、異動した方が自分の中に彩りやバリエーションができる気がしました」

 異動当時で52歳という年齢も大きかった。フジテレビは57歳で役職離脱。60歳で定年退職という区切りを迎える。

 「どの道、定年は迎えますから。後ろは決まっているので、その間をどう過ごすかということ。僕は同期より2歳年上なので、同期より早めの“卒業”になります。異動の決断はどこかでしないと、ただ会社に居るだけの存在になってしまうと思ったんです」

 そう振り返った境さん。その言葉の裏には、他の人とはひと味違うアナウンサーになるまでのユニークな経歴があった。(30日配信の後編に続く)

 ◆境 鶴丸(さかい・つるまる) 1964年4月5日、神奈川・鎌倉市生まれ。57歳。89年、早大政経学部卒業後、フジテレビ入社。アナウンサーとして情報番組で活躍後、「FNNスピーク」、「FNNスーパーニュース」など多くのニュース番組でキャスターを歴任。アナウンス室副部長などを務めた後、2016年6月、自らアナウンス室からの異動を希望し、総務局内部監査部へ。現在、同部勤務6年目。特技は日本舞踊で花柳流名取・花柳龍彦の芸名も。大学入学前に時代劇俳優を目指していた経歴も持つ。

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