【日本ダービー】里見治オーナー激白!牝馬サトノレイナス「ダービー勝ったら」菊花賞挑戦も

スポーツ報知
色紙に「必勝」と記した里見オーナー(右)。左は西川会長

 第88回日本ダービー・G1が30日、東京競馬場の芝2400メートルで行われる。07年のウオッカ以来、史上4頭目の牝馬によるダービーVを狙うサトノレイナスの里見治オーナー(名義は(株)サトミホースカンパニー)は、スポーツ報知でコラム「西川賢のオーナーだけが知っている」を連載中の西川賢オーナー(中山馬主協会会長)との対談で胸中を激白。異例のダービー挑戦への経緯から、そこに懸ける執念、そして今後への展望を語り尽くした。(取材・構成=坂本 達洋)

 西川賢オーナー(以下、西)「サトノレイナスが、牝馬では7年ぶりとなるダービーに挑戦します。勝てばウオッカ以来、史上4頭目の快挙となります。どんな経緯だったのですか?」

 里見治オーナー(以下、里)「正直言って、私はオークスでもいいと思っていたけど、もともと国枝調教師はダービーに行かせたいという思いがあったらしく、(5大登録で=注1)皐月賞、ダービー、菊花賞とエントリーしてあった。それはもうダービーを勝てれば、こんな名誉なことはない。懸けてみようと」

 (※注1)3歳馬だけが出走できる皐月賞、日本ダービー、菊花賞、桜花賞、オークスの5大特別競走登録のこと。1回目の登録は2歳の10月に締め切られる。

 西「昨年のダービー11着に敗れたサトノフラッグの全妹で、言わば兄のリベンジですね」

 里「もちろんそれもありますが、私としては16年にサトノダイヤモンド(注2)がマカヒキに負けて、それも落鉄していての鼻差。あれだけ悔しい思いをしたことはない。リベンジを果たしてほしい思いが、正直言ってありますよ」

 (※注2)サトノダイヤモンドは4歳秋にフランスの凱旋門賞に挑戦。18頭立ての15着と惨敗を喫した。

 西「異例のダービー挑戦は、競馬ファンにはウキウキドキドキ。馬主としては最高にドラマチックなシナリオで、勝ってほしいですね」

 里「もしダービーで勝ったら、はっきり言えば(秋は)菊花賞ということも。走りっぷり、レース後に上がってきた馬の息遣いとか含めて、これなら3000メートルも持つという自信が調教師もジョッキーも持てるのなら、そういうこともあるかなと思います」

 西「凱旋門賞など海外挑戦についてはいかがお考えですか?」

 里「凱旋門賞は考えていません。なぜかって言うと、ダイヤモンドのトラウマがあって、4歳時に遠征してボロボロになり、なかなか立ち直れなかった。引退前の最後の挑戦とかでならありかなと思うけど、少なくとも4歳の時は、牡馬だろうと牝馬だろうと、凱旋門賞には行かせたくないなと。だからまだ、ドバイとか香港の方がチャンスはあるかなと思う」

 西「ドバイなどは日本馬が結果を出していますからね。それにしてもダービーへの思い入れの強さを感じます」

 里「それこそ先日、(屈腱炎による)2年3か月の休み明けで勝ったサトノジェネシス(注3)。あの馬は絶対にダービー勝てると思っていたんです。ほとんど馬なりでゆりかもめ賞(19年2月)を勝って、これはヨシいけるな、と思ったら故障してしまった。全兄のダイヤモンドより能力はあるかもしれないし、もう少し現役で走らせて、種牡馬にしてみたい思いはあるんですよ」

 西「本当にいろいろな興味深いお話ありがとうございます。私ごとで恐縮ですが、この4月に日本馬主協会連合会の会長に就任させていただきまして、G1の表彰式でプレゼンターを務めさせていただいております。きっと会長にお会いできると、楽しみに期待しております」

 (※注3)サトノジェネシスは16年のセリで落札額が2億8000万円。美浦・堀厩舎に所属する5歳馬で、2年3か月ぶりの復帰戦となった5月9日の2勝クラス(東京・芝2000メートル)を勝利した。

 ◆牝馬の菊花賞挑戦 グレード制導入後の84年以降に牡馬相手の菊花賞(芝3000メートル)に挑戦した牝馬は、95年ダンスパートナー(5着)、09年ポルカマズルカ(17着)、19年メロディーレーン(5着)の3例。それ以前は、1943年クリフジ、1947年ブラウニーの2頭が優勝している。今年の菊花賞(10月24日)は、京都競馬場の改修工事により、阪神競馬場で実施される。

 ◆里見 治(さとみ・はじめ)1942年1月16日、群馬県生まれ。79歳。総合エンターテインメント企業グループの持株会社であるセガサミーホールディングス(株)代表取締役会長、サミー(株)代表取締役会長、(株)セガ取締役名誉会長。90年7月に馬主資格を取得し、17年10月に馬主名義を法人名義の(株)サトミホースカンパニーに変更。G1初制覇は16年10月の菊花賞(サトノダイヤモンド)。国内外G1・6勝。

 ◆西川 賢(にしかわ・けん)1948年8月24日、東京都生まれ。72歳。(株)新栄プロダクション社長。63年に山田太郎の芸名で歌手デビュー。65年に代表曲「新聞少年」がヒットし、その年から3年連続でNHK紅白歌合戦に出場した。68年に馬主となり、08年から中山馬主協会会長を務め、今年4月に日本馬主協会連合会会長に就任。北海道新ひだか町に生産牧場ウエスタンファームを持つオーナーブリーダーでもある。

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