「米長の前に米長なし、米長の後に米長なし」…大棋士の素顔と生涯を描いた田丸昇著「名人を獲る 評伝米長邦雄」

1978年の十段戦第1局2日目、中原誠十段(右)の封じ手が開封され「びっくりポーズ」をする米長邦雄八段(撮影・弦巻勝氏、写真提供・米長家)
1978年の十段戦第1局2日目、中原誠十段(右)の封じ手が開封され「びっくりポーズ」をする米長邦雄八段(撮影・弦巻勝氏、写真提供・米長家)
「名人を獲る 評伝米長邦雄」
「名人を獲る 評伝米長邦雄」

 将棋棋士の田丸昇九段(71)が米長邦雄永世棋聖(2012年逝去)の素顔と生涯を描いた「名人を獲る 評伝米長邦雄」(国書刊行会、2640円)が刊行された。盤上での栄光だけでなく、ユーモアや名言などで昭和から平成の将棋界を彩った不世出の大棋士。同門の弟弟子として見つめ続けてきた田丸九段は「米長の前に米長なし、米長の後に米長なしです」と語る。(北野新太)

 痛快な写真である。

 1978年10月19日、第17期十段戦(竜王戦の前身)七番勝負第1局2日目。午前9時の対局再開時に開封された中原誠十段の封じ手は、一気に仕掛けていく積極手だった。

 本当に意表を突かれたのかどうかは不明だが、挑戦者・米長邦雄八段は両手を広げておどける「びっくりポーズ」をカメラマンに向けて披露している。中原十段、立会人の萩原淳九段も笑顔を浮かべている。タイトル戦の重要な局面での出来事。現代では絶対に考えられないサービスショットは「棋士・米長邦雄」のパーソナリティーを見事に表現している。

 史上最年長の49歳11か月での名人獲得、歴代6位のタイトル通算19期など棋士としての実績ばかりではない。米長永世棋聖は棋界の垣根を越えるような存在として知られた。写真誌でのヌード披露、週刊誌での人生相談連載、著名人との華麗な交流…。晩年は日本将棋連盟会長として辣腕(らつわん)を振るった。

 来年で没後10年を迎えるのを前に、弟弟子の田丸九段はノンフィクションライターを思わせる取材力と筆力で足跡を描いた。「米長(注=将棋界にはかつて兄弟子を呼び捨てにする風習があった)は空前絶後でした。棋士としても人としても。これだけの生きざまを残した棋士はいません。『米長の前に米長なし、米長の後に米長なし』です。称賛ばかりでもしょうがないから、少しだけマイナスなことも書きましたけど…」

 数々の名言を残したが、特に有名なのは「3人の兄たちは頭が悪いから東大に行った。私は頭が良いから将棋の棋士になった」だろう。棋士の社会的イメージを引き上げたと感謝する後輩棋士もいる。田丸九段は笑う。「本の取材後、もう80歳を超えておられる次兄の修さんからお手紙を頂いたんです。丁寧で一文字の書き直しもない便箋が7枚。絶対にすごく頭の良い方だと思いました。東大卒ですからね(笑い)。落語好きだったからか、米長には常に人を楽しませようとする遊び心がありました。対局中、残りの持ち時間を記録係に聞く時に『私の命はあとどのくらいですか?』とか」。女性を愛し、愛された人でもあり、酒場でサインを求められると、いつも「ほほえみは、あらゆる化粧に勝る」と書いた。

 希代のエンターテイナーが人生を懸けて追い求めたのは7度目の挑戦で射止めた名人位だった。田丸九段は最後の挑戦に至る過程の順位戦A級で対戦している。「強すぎました。終盤で40手以上の難解な詰みを読み切られて。初めて本気で指してくれた。あの将棋だけは負けても悔しくなかったです。米長は自宅前の花を重ねて『菜の花は薹(とう)が立ってから花が咲く』と語って挑み、名人になった。一番好きな言葉です」

 永世棋聖が将棋界に残した「米長哲学」という思想がある。「相手の昇級、降級、引退などが懸かった重要な対局こそ全力で戦え」という理念。「ずっと今も浸透して、将棋界を支えてくれている」。だから棋士の指す将棋には消化試合がない。

 晩年、連盟会長として取り組んだのは子供世代への普及だった。「大会など環境を整備したこともあって藤井聡太二冠らの世代も育ちました。藤井さんの活躍を見てほしかったですよね…」。もし今も存命だったなら、若き天才もタジタジの面白トークを展開し続けたに違いない。

◆米長 邦雄(よねなが・くにお)1943年6月10日、山梨県増穂村(現・富士川町)生まれ。佐瀬勇次名誉九段門下。57年、奨励会入会。63年、四段(棋士)昇段。73年、初タイトル獲得。85年、史上3人目の四冠に。タイトル獲得は通算19期(歴代6位)。93年、史上最年長名人に。2003年、現役引退。05~12年、日本将棋連盟会長。12年、前立腺がんのため死去。弟子に先崎学九段、中村太地七段、林葉直子さんら。

著者の田丸昇九段
著者の田丸昇九段

◆田丸 昇(たまる・のぼる)1950年5月5日、長野県北御牧村(現・東御市)生まれ。71歳。佐瀬勇次名誉九段門下。65年、奨励会入会。72年、四段(棋士)昇段。89~95年、日本将棋連盟理事。92年、順位戦A級昇級。2001~03年、月刊誌「将棋世界」編集長。16年、現役引退。著書に「熱血の棋士 山田道美伝」「伝説の序章 天才棋士藤井聡太」など。

1978年の十段戦第1局2日目、中原誠十段(右)の封じ手が開封され「びっくりポーズ」をする米長邦雄八段(撮影・弦巻勝氏、写真提供・米長家)
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