早大DF中谷颯辰がリーグ戦デビュー 究極の文武両道でJリーグ目指す・・・静岡学園で全国V経験

15日の駒大戦で関東1部リーグデビューした早大DF中谷(左)
15日の駒大戦で関東1部リーグデビューした早大DF中谷(左)

 静岡学園高で19年度の全国高校サッカー選手権優勝に貢献した早大DF中谷颯辰(そうしん、2年)が、5月15日の6節・駒大戦(AGFフィールド)で関東1部リーグデビューした。前半の2失点を防ぎきれずチームは敗れた。「自分のミス。判断の甘さやはっきりしなかったことが原因。関東1部リーグは甘くなかった」と唇をかんだ。試合前は自信を持ってピッチに立っただけに反省しきりだった。

 私は静岡支局で高校サッカーを担当し、19年度の静岡学園の全国制覇を取材した。埼玉スタジアムでの決勝・青森山田戦で0―2から2ゴールを決め逆転勝利に導いたのが中谷だった。会うのは静岡市役所での優勝報告会以来だった。駒大戦後、ミックスゾーンで僕が「久しぶり。覚えている?」と声をかけると、しっかりと考えをまとめ、丁寧に応じてくれた。

 学業成績は、静学時代から部内でもトップクラスだった。だが県選手権決勝・富士市立戦は早大の基幹理工学部・数学科へ指定校推薦の試験日だった。ベンチには試験で欠場した中谷ら2選手のユニホームが飾られ、「2人の分まで全員で戦おう」とチームは一丸となり6―1。本人も祈るような気持ちだったことを明かしてくれたことをよく覚えている。その後、静学と静岡県勢24大会ぶりの選手権制覇。まさに文武両道の鑑(かがみ)だった。勉学でも私大理系の最高峰に進んだセンターバックがどうしているか、気になっていた。

 だが現実は厳しいようだ。「1年生の時は、時間を使えば、なんとかついて行けたんですが、2年生になると時間を費やすだけでは無理ですね。難しい。単位もギリギリ。一般入試で入った学生と比べると厳しい」とこぼす。試合前の睡眠時間は6~7時間は確保するそうだが、平時は勉強のため、午前3時半に眠り、午前7時半に起きて授業や練習に向かうこともしばしばのようだ。

 私は16年前の05年に早大の文系・社会科学部に入学した。だが一浪した燃え尽き症候群から勉強に身が入らず、サークル活動やバイトに明け暮れた。授業は出席を取らない「楽勝」科目などで乗り切ったこともあった。一方でキャンパスが異なる理工学部(当時。07年に創造、先進、基幹と3つの理工学部に分割、再編成)の出席は厳しく、レポートや実験の過酷さは先輩や友人からしばしば耳にしていた。だからこそ、W杯の日本代表監督を2人(岡田武史氏、西野朗氏)輩出する伝統のア式蹴球部(サッカー部)と、井深大氏(ソニー創業者)、大前研一氏(経営コンサルタント)らを輩出した“理工学部”の授業の2つを両立させることは、本当にストイックでないと不可能だ。

 そんな中でも、中谷の夢は大きい。「大学卒業後はプロを目指している。もう一段階上にいかないとJ1やJ2など、もっといいカテゴリーは見えてこない」。静学時代の同期、鹿島MF松村優太が9日のF東京戦でJ1初ゴールを決めたばかりだけに「すごいなと思う。刺激はもらっているし、僕ももっと成長しないと、と思う」。近年は、筑波大OBの川崎MF三笘薫が卒業後すぐに台頭したこともあり、Jのスカウトがスタンドから試合を見つめていた。

 現代サッカーのセンターバックはパスをつなぐ力も求められるため、足元の技術に定評のある中谷の需要はありそうだ。現に平塚(現J1湘南)、横浜Mなどでプレーした外池大亮監督(46)も「非凡なフェード力があって、守備能力を評価している」とたたえる。一方で中谷が「フィジカルは高校ではある程度やれたが、大学ではまだまだ」と話すように課題は感じていた。勉強の合間を縫って、身体作りもプロ入りには必要だ。

 早大基幹理工学部のホームページによると学部生の7割以上が大学院に進学し、就職先も一流企業が並ぶ。同学部からJリーガーが輩出されれば異例のことだ。中谷がプロの扉を開ければ、中学や高校で文武両道を目指す選手たちにも大きな励みになるはず。名門での飛躍を期待している。(地方部・山田 豊)

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