【ALL巨人】育成6位・坂本勇人、キャプテンと同姓同名も「困ったことや嫌になったことは一度もない」偉大な先輩に「追い付く」

スポーツ報知
支配下を目指す坂本勇人

 巨人の育成を含むルーキー全19選手のインタビューを随時掲載していく。第2回は、唐津商から入団した育成6位・坂本勇人捕手(19)。巨人のキャプテンと同姓同名ということで話題のルーキーが、高校時代の思い出や現在の心境を語った。(取材・構成=灰原万由)

 高校通算16本塁打、二塁送球タイム1・8秒台。坂本は強肩強打の佐賀NO1打者とも評された。キャンプは3軍スタートだったが、3月30日のイースタン・DeNA戦(平塚)で代走で公式戦初出場。今月3日の同DeNA戦(G球場)では代打出場。公式戦プロ初打席は遊ゴロに倒れたが、5日の同戦(G球場)で公式戦プロ初安打をマーク。今永の初球、131キロカットボールを左前へはじき返す一打に、阿部2軍監督も「大したもんだよ」とたたえた。

 「(5日の試合は)初めてのスタメンだったので緊張しましたけど、しっかり気持ちを入れて試合に臨みました。プロ初安打の感触は、とても気持ちが良かったですし、素直にうれしかったです。この1本を自信にしていきたいです」

 「生まれ育った地元の唐津から甲子園に」という思いが強く、甲子園に春2回、夏5回出場経験のある公立の唐津商に進学。平日は放課後、土日は一日中野球に打ち込む傍ら、商業科・OAコースで学び、全商簿記実務検定1級を取得した。

 「勉強はあまり得意ではなかったんですけど、野球部の吉冨監督が簿記専門教科の担当で。そこはしっかりやらないといけないなと。頑張って勉強していたので、商業の授業は得意でした」

 3年間で甲子園に出場することはできなかった。一番の思い出は最後の夏の代替大会だ。

 「甲子園に行くために頑張っていたので、昨年の甲子園大会が中止になってしまったことは悔しかったですし、かなり落ち込みました。けど、代替大会の開催が決まって、3年生全員で一致団結して臨めたこと、誰ひとり辞めることなく高校野球をやり切れたことは、本当に良かったなと思います」

 名前の由来はソフトバンクなどで活躍した「寺原隼人」。父・光三さんが「『はやと』っていいな」と気に入り、画数を考慮し、曽祖父の「勇(いさむ)」さんから1文字もらって「勇人」と命名された。巨人のキャプテンと同姓同名ということで話題となり、これまでもスーパースターと同じ名前で悩むこともあったのかと思いきや、違ったようだ。

 「名前が一緒ということで覚えてもらえることが多かったです。困ったことや嫌になったことは一度もないですし、坂本選手の打ち方も参考にしています。本当に光栄なことだと思いますけど、まだ自分は坂本選手と比べてもらえるレベルに達していないので。偉大な先輩に少しでも追い付けるように、毎日こつこつ頑張っていきたいです」

 背番号は「006」。阿部2軍監督の発案で、目標を背負って常にプレーできるように、「6」を背負う坂本キャプテンのように球界を代表する選手に育ってほしい、というメッセージが込められている。

 「自分の周りには野球の技術が高い選手がたくさんいるので、入団してからはとても環境に恵まれているなと感じることばかりです。入団直後は木製バットに慣れていなかったんですけど、数を振ってだんだん慣れてきました。コンタクトする力が武器なので、そこを伸ばしていけるように。見たり聞いたり、吸収していきながら、まずは支配下登録を目指して頑張っていきたい。ポジションは違いますけど、坂本選手みたいに活躍したいという気持ちは強いですし、同じ舞台に立ちたいです」

 背番号の「0」が取れること、そして東京ドームでダブル坂本勇人が競演する日が、待ち遠しい。

 ◇過去3例ある同一チームの同姓同名選手 1971、72年の西鉄に2人の高橋明。表記は巨人時代に実績のあった投手は「高橋明」、外野手は「高橋外(外野手)」と表記された。82年には阪神に佐藤文男が所属し、ともに投手。年長者が「佐藤文」、年少者は「佐藤男」。86~89年の日本ハムには田中幸雄。投手が「田中幸」、内野手が「田中雄」と表記され、後者は通算2012安打して名球会入りを果たした。

 ◆坂本勇人(さかもと・はやと)2002年4月15日、佐賀・唐津市生まれ。19歳。小3で野球を始め、浜玉中では投手兼捕手で、3年時に中体連の県大会を優勝。唐津商では1年夏に背番号5でベンチ入り。秋から正捕手となる。高校通算16本塁打。50メートル走6秒7、遠投100メートル。177センチ、84キロ。右投右打。

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