国分太一、株式会社TOKIO始動から1か月「ワクワクは、ずっとしていたい」…本紙単独インタビュー

 ジャニーズの長い歴史でも初の事務所内独立となった「株式会社TOKIO」が、4月1日に始動してから1か月が経過した。副社長企画担当の国分太一(46)は「あっという間の1か月。みんなに楽しんでもらえているのかな」と手応えをにじませる。全国から広く斬新なアイデアを求めて新企画「Make with TOKIO!一緒につくろうプロジェクト」(今月17日応募開始)のスタートも決まった。国分は「ワクワクは、ずっとしていたい」と今後の活動に胸を膨らませた。(畑中 祐司)=紙面未収録インタビューを加えた完全版=

 TOKIOが株式会社として新たな一歩を踏み出した。3人にとって、セカンドキャリアとなる「起業」という新たな挑戦。国分の輝く表情は、充実そのものだ。

 「いろんなところにごあいさつに行ったんですけど、自分たちと同じぐらい皆さんが楽しんでくれているなと感じられたことが、すごくうれしかった。いいスタートを切ったなと思います。自分たちが今後やっていこうと向かう方向に順調に進んでいるような気はします」

 3月31日で四半世紀以上ずっと活動をともにした長瀬智也(42)が脱退して3人体制となった。だからこそ助走をつけて、4月1日を迎えた。

 「長瀬が脱退するまでの間も、3月31日までは4人体制のTOKIOを楽しみながら。ただ、4月1日からの準備もやらないといけない。3人になったことでパワーダウンに見せないというか、楽しんでいる姿をどうやって見せていくかというのは非常に考えました」

 昨年7月、国分はスポーツ報知などの取材に“事業計画書”を手に新体制を発表した。

 「あそこから徐々に準備をして、まずは4月1日にどれだけ新しくなったTOKIO、株式会社TOKIOを見てもらうかという部分を、まずは目標に置きながらやってきた。だから正直、今はゴールに近いスタートというか」

 事務所内独立は、前例のなかったこと。

 「形ないものをつくるって本当に難しい。でも、ジャニー(喜多川前社長)さんも、形ないところからジャニーズ事務所というものをつくって、僕らはその中で自由に泳がせてもらった。今度は僕らが新たな活動の中で形ないものをつくって、それが意外とありなんだというようなものがつくれたら」

 言うはやすし、だ。実際、道なき道をつくる上で想像を超える苦労もある。

 「やっぱり、めちゃくちゃ大変。あっ僕ら、こんなにジャニーズ事務所に自由にやらせてもらっていたんだなって本当に感じました」

 4月1日に開設した企業ホームページ(HP)は「本格的」と話題にもなった。それもメンバー3人が一から話し合って決めた。

 「HPの初期投資と毎月の維持にどれぐらいかかるかとか。まだ利益も出ていない会社が、こんな使って良いのかな…とか思いながら。ただ、メンバーで話したのは、まず『利益を出すことを考えちゃいけないよね』って。自分たちが頑張ったら多分、後からついてくるんじゃないか。だから、最初は話題づくりとしても必要な金額なんじゃないのか、とか。結構リアルに話して、で、最後は社長(城島茂)が『せやな…』って」

 とはいえ、利益がなければ、いずれ会社は立ち行かなくなる。

 「(共創型パートナーシップを結んだ)丸亀(製麺)さんで言うとプロデュース、(CMキャラクターを務める)フマキラーさんもクリエイティブ(自身がCMディレクションを担当)の部分でオファーを頂いた。それは、間違いなく株式会社TOKIOに来ているオファーなので、そういうところでは(収益がある)。でも、社会貢献みたいな偉そうなことは言いませんけど、僕らが経験したことを何か役立つような形で、と。最初は、何となく運営として回っていけるような形でいいんじゃないかなと。本当にお金が欲しければ、エンタメで(タレント活動を)頑張ればいいじゃないかって話もある。なので、ある意味で『すげぇもうけてやろう』なんてことは思っていないので」

 グループは5人から4人、そして3人となった。

 「5人だった頃とは、やっぱり違いますね。長瀬が抜けた実感は、長瀬がいないな…っていうぐらいかな。3月31日までは、やっぱり長瀬と同じ景色を見てきたと思うし、あいつがいなかったら見られなかった景色もいっぱいあった。とは言うものの、立ち止まって『あの景色、良かったね』って言っている時間もない。写真とか撮った時に『あれ? やっぱり少ないな』という部分はありますけど」

 新会社には、3人のほかに社員1人が在籍するものの、基本的には3人で全てを決める。コミュニケーションを取る機会は格段に増えた。

 「4人でいた時の方が、4人とも甘えていた気がする。何かが始まると“プロジェクトリーダー”という形でその人に任せて、あとは『ああ、OK』というぐらい。それが3人になってから、そういう形じゃなくなった。そっちの意味での方が(感じる変化は)大きいです」

 長瀬は今後「裏方」に転身してクリエイターとして活動していく。

 「長瀬に対しては『ありがとう』という気持ちと『見ていてね』という気持ちが強いかな。彼はやりたいことがあるからこそ(退所した)。4人ではない何かがあるからこそだとは思うので、それは自由にやってもらった方がいいと思うし、それでいいと思う。僕らは、僕らが残したというTOKIOという名前で。それに恥じないように会社もつくっていかなきゃいけない。セカンドステージ。そのセカンドステージを楽しむ。おじさんだから、楽しみながらやりたいんですよね。あんまり堅苦しいことは考えずに。その中でワクワクは、ずっとしていたい」

 新たな道は、まだ始まったばかり。

 「さっきの、ジャニーさんの『形ないものを』じゃないけど、誰も耕していないところを耕すチャンスでもあるのかなと。いろんなものの可能性を自分たちで見つけて、何ができるか。それがまだ見ぬ景色というか。5人で進んできた景色だって、1人だったら絶対に見られなかったと思うものが、見せてもらえた。ジャニーズ事務所に見せてもらえて、5人いたから見ることができた。で、4人になってもそれを継続して、自分たちが思ってなかった景色を、また4人でも見せてもらうことができた。だったら今度は見せてもらうんじゃなく、自分たちで、その景色をつくっていくっていうのも、また新たなエンタメにもなるのかなと思います」

 新たな企画「Make with TOKIO!」もスタートする。「アイデアはあるけれど、形にするきっかけが欲しい方、僕たちはTOKIOだけでは辿(たど)り着けない、新しいビジネスに挑戦したいと思っています」と掲げる。

 「“共創”という形で、僕たちと何かつくりませんかと。『そんなオファー来るの?』『え? 俺らそこやっていいの』というものを楽しみにしています」

 TOKIOの代表作「ザ!鉄腕!DASH!」(日テレ系)で培ってきた開拓精神で、今後も歩み続ける。

 「慌てずゆっくり、かな。今まではすごく全速力で走ってきたところもあったし、求められていたことも“全速力”だったような気もするので。もう右肩が上がらないおじさん(城島)がいますから。そんな全速力で走れないので、ゆっくり形にしていければ。それを楽しんでもらえたらうれしい」(紙面より)

 ◆国分 太一(こくぶん・たいち)1974年9月2日、東京都生まれ。46歳。90年にTOKIO結成。94年9月「LOVE YOU ONLY」でCDデビュー。2004年にはKinKi Kids・堂本剛とユニット「トラジ・ハイジ」を結成。バラエティー、ドラマ、映画などで幅広く活躍。現在はフジ系「国分太一のお気楽さんぽ」(月~金曜・前11時25分)など8本のレギュラー番組を抱える。血液型O。

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