大仁田厚が再旗揚げ「FMW」とK‐1の原点は梶原一騎追悼「格闘技の祭典」だった…金曜8時のプロレスコラム

大仁田厚(左)とKrushバンタム級王者・壬生狼一輝(c)K-1
大仁田厚(左)とKrushバンタム級王者・壬生狼一輝(c)K-1

 元参院議員でプロレスラーの大仁田厚(63)が新会社「FMW」を設立し、新プロモーション「FMWE」を旗揚げすることを6日に発表した。大仁田は「こんな時代だから、原点回帰で、FMWからパワーを感じ取っていただきたい」と熱く語り、旗揚げ戦「インデペンデンス・デイ」を7月4日に横浜市の鶴見青果市場で行うという。

 1989年にFMWを旗揚げしたが、1995年5月5日に川崎球場で2度目の引退試合を行いハヤブサに託したと思ったら、復帰戦で出戻り、追放されてケンカ別れ。新生FMWが崩壊してからも2015年に超戦闘プロレスFMWができたが、これもなくなっており、今回が何度目のFMWになるだろうか。

 大仁田は2日に「爆破甲子園2021年春」を鶴見青果市場で開催し自ら優勝を飾った。この試合に、”大仁田信者“のKrushバンタム級王者・壬生狼(みぶろ)一輝(19)が駆けつけ、23日に出場する「K―1 WORLD GP 2021 JAPAN~K―1バンタム級日本最強決定トーナメント~」(大田区総合体育館)で「邪狼」(じゃろう)を名乗ることを直談判した。

 壬生狼は、これまでK―1の会見で大仁田のモノマネをして受けを狙ってきたが、”公認“をもらうため、大仁田の戦場を訪れたのだ。3月に奪取したベルトを持参してきた19歳新星に63歳邪道は「同じ九州人として応援しようと思ってたらチャンピオンになって。そんなに強いと思ってなかったし、本当にうれしかったよ」と歓待した。

 壬生狼は「大仁田さんの邪道から邪をいただき、壬生狼の狼と合わせて、僕に邪狼を名乗らせてください」と直談判。大仁田は「頂点に上り詰めたら嫌われるぞ。好かれるばかりじゃない。嫌われる覚悟をしておかないと。でも人生ってそんなもんだよ」と”邪狼”革ジャンのプレゼントまで約束した。

 大仁田とK―1の融合で思い出したのがFMWの原点だった。

 平成元年の1989年7月2日に後楽園ホールで行われた梶原一騎追悼「格闘技の祭典」。全日本プロレスを引退して行き場を失っていた大仁田は空手家の青柳政司と日本人同士としては初となる異種格闘技戦を行った。大仁田のイス攻撃で青柳が大流血し、空手家とプロレスラーがリングで大乱闘を繰り広げた。空手側は佐竹雅昭、松永光弘、プロレス側には現在、新日本プロレスで介入を繰り返している邪道、外道がいた。

 この流血大乱闘劇が受けて、大仁田はFMWを旗揚げし、“デスマッチの教祖”に上り詰めた。立会人を務めた正道会館・石井和義館長(当時)は青柳の大流血に激怒して試合を止めたが、プロ格闘技興行に可能性を見いだし、92年に格闘技オリンピックを開催し、93年にK―1を創始した。

 以来、正道と邪道は対極の存在となり、平成のリングを彩った。令和になって、壬生狼が越境交流に踏み込んだことで、大仁田の邪道魂に火をつけた。それにしても、あの時の大仁田の怒りの形相はすごかった。(酒井 隆之)

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