江夏豊氏、「甦る伝統の一戦」を語る…他の打者を打たせてとり、王貞治を狙ってシーズン奪三振日本新

1968年、対広島戦で登板する阪神・江夏豊
1968年、対広島戦で登板する阪神・江夏豊
1968年9月17日の阪神・巨人戦スタメン
1968年9月17日の阪神・巨人戦スタメン
阪神・巨人20回戦。阪神・江夏豊(中)が通算358奪三振の日本新記録を達成し、私設応援団の祝福を受ける(1968年9月17日、甲子園球場)
阪神・巨人20回戦。阪神・江夏豊(中)が通算358奪三振の日本新記録を達成し、私設応援団の祝福を受ける(1968年9月17日、甲子園球場)

 通算2000試合にあと2試合の巨人・阪神戦。レジェンドが語る「甦(よみがえ)る伝統の一戦」第4弾は、江夏豊氏(72)が登場。プロ野球新記録となるシーズン354奪三振目を巨人・王貞治から狙い通りに奪った伝説のシーンなど、1968年9月17~19日の激動の首位攻防4連戦を語った。

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 昭和43年(1968年)9月の天王山。今の時代では考えられない「昭和の野球」があった。

 あの年はV9巨人の4連覇がかかっていた。阪神は2ゲーム差で追いかけ、9月17日からダブルヘッダーを含む3日間の甲子園4連戦を迎えた。入団2年目は途中から村山さんに代わって、ローテの中心となった。当然のように初戦と4戦目の先発を任された。稲尾(和久)さんの持つシーズン最多353奪三振のプロ野球記録更新も目前。燃えに燃えていた。

 初回から順調に三振を奪った。4回にこの試合8個目となる三振を狙い通り王さんから奪って「これで新記録、ヨッシャー」と思ったら、ベンチに戻ってダンプさん(辻恭彦捕手)から「豊、まだタイ記録やで」と。恥ずかしい計算違い。そこからは打たせてとる投球。(相手先発の)高橋一三さんも何とか二ゴロを打たせた。迎えた7回1死の王さんの打席。ファンもみんな分かっている。三振を取らずにひと回りさせたことを。「この若造が」と王さんの目は燃えていた。あの形相、スイングは忘れられない。

 普通は奪三振の記録に名前を残したくないと思うが、そんな考えは王さんにない。最後は2ストライク1ボールから4球目のインハイのストレートで空振り三振。渾身(こんしん)の1球。願い通り王さんから取れてホッとした。そこから延長12回まで投げて、最後は自分のサヨナラ打で1―0勝利。0―0で途中で引き下がるわけにいかない。若かったし、野球が好き、強い巨人に勝ちたいという思いだけだった。

 翌日のダブルヘッダーの初戦は村山さんと堀内の投げ合いで、9回にヒゲ辻さん(辻佳紀)がサヨナラホームラン。そして敗れた2戦目はバッキーと荒川さんの乱闘があった。普通は4、5人がやり合ってあとは止めに入る。でも、みんながやり合っていた。カネさん(金田正一)なんか利き手にタオルを巻いて出てきた。客が入ってこないよう一塁側、三塁側には、おまわりさんがずらっと並んでいた。

 ベンチから一緒に飛び出て、暴れ回った。途中で巨人の選手につかまれて、蹴飛ばされた。シャワーを浴びると背中やケツに4か所ぐらいスパイクの痕があった。滝安治、柴田勲、末次利光(当時民夫)、上田武司。この4人が江夏要員やったと、後に滝さんから聞いた。牧野(茂)さん(コーチ)からの命令やったと。本当かウソか確かめようと柴田さんにも聞くと「えへへ」と笑ってた。

 マウンドが血だらけだった。荒川さんがバッキーに殴られて、かなりの出血だった。でも、もっとすごいと思ったのが権藤(正利)さん。直後のマウンドで、王さんの1球目に(頭部に)ゴン。頭に当てるつもりはなかったんだろうと思うけど。今の時代ではあり得ないことだが、プロの世界をもろに見た。

 4戦目は139球から中1日の先発で、2試合連続完封勝利(7回に自ら決勝2点打)でゲーム差なしに迫った。151球を投げて、もうボロボロの状態。9月28日の巨人戦はボコボコ(5回途中7失点)に打たれて、翌日の29日(のダブルヘッダー2戦目)は2日連続の先発で延長10回まで投げて1―2のサヨナラ負け。優勝は逃したけど、よく投げたと思う。野球人生で、自信を持って言えるのは登板拒否は1度もなかった。いつつぶれてもいいぐらいの気持ちで投げていた。

 すごいやつがいたのではなく、すごい時代だったということ。でも最終的に(西武で)は「練習中に帽子かぶれ、ストッキングはけ」と、そんなことを言われるようになった。「ふざけるな。学生野球じゃないぞ」と。それで終わってしまった。今の時代にこういう考えは合わない。

 阪神では村山実の背中を見て育ち、V9巨人に立ち向かい、ONと勝負ができた。王さんに20本もホームランを打たれれば自慢にもならないけど納得している。振り返れば最高の思い出。阪神時代は俺の青春のすべてだ。

 ◆江夏と王の通算対戦成績 321打席、258打数74安打、打率2割8分7厘、20本塁打、57三振。江夏が最もホームランを打たれた打者が王で、王が最も三振を奪われたのが江夏。

 ◆江夏 豊(えなつ・ゆたか)1948年5月15日、兵庫・尼崎市生まれ。72歳。大院大高から66年ドラフト1位で阪神に入団。76年に南海(現ソフトバンク)へトレードされ、77年からリリーフに転向。78年に広島、81年に日本ハム、84年に西武移籍。85年、米大リーグ・ブルワーズの春季キャンプに参加も契約に至らず現役を引退。通算829試合登板、206勝158敗193セーブ。2987奪三振、防御率2・49。左投左打。

1968年、対広島戦で登板する阪神・江夏豊
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阪神・巨人20回戦。阪神・江夏豊(中)が通算358奪三振の日本新記録を達成し、私設応援団の祝福を受ける(1968年9月17日、甲子園球場)
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