死去したミュンヘン五輪得点王の谷口正朋さんは努力の人 1日1000本のシュート練習を1年

スポーツ報知
谷口正明さん

 バスケットボール男子日本代表だった谷口正朋さんが6日、亡くなった。75歳だった。谷口さんは1972年ミュンヘン五輪に出場、9試合で191点をたたき出し、得点王に輝いた。日本は14位と振るわなかったが、谷口さんのミドルシュートは世界に強烈な印象を残した。「今のBリーグには、かなう選手はいない。素晴らしいシュート力だった」とバスケットボール関係者は振り返った。

 その抜群のシュート力は、猛練習から身につけたものだった。71年のアジア選手権で優勝し、五輪出場権を獲得。当時、主将だった谷口さんに、笠原成元監督は1日1000本のシュート練習を命じた。1000本のシュートを打つのに3時間かかったという。五輪までの1年間、その練習を続け、成功アベレージは980本にまで上がった。

 谷口さんに当時のことを聞くと「全然苦しくなかった。だめだったところは何だったのかを考えると、次にまた良くなる。こういう練習を乗り越えることで、やり遂げたという気持ちが大きくなったんですよ」と淡々と答えていた。

 谷口さんがバスケットを始めたのは高校に入学してからだった。181センチの長身に目をつけた体育教師に誘われたのが、きっかけで、最初のころは練習についていくのがやっとだったそうだ。「でも毎日必死にやっていると、自分でも上達するのが分かったんですよ」と話していた。3年の時には日本代表に選ばれるまでになった。まさに努力の人だった。

 東京五輪も気にかけていた。「男子の試合を見ているとミスが多い。パワーや高さで劣る日本は緻密さでは負けてはならない。ミスというのはシュートする前に放棄しているようなもの。シュート力も上げるしかない」と力説していた。普段は温厚な谷口さんだったが、バスケットに対する熱い思いはずっと変わることはなかった。(久浦 真一)

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