美人講談師・田辺銀冶、真打ち昇進で「格好いい講談師に」師匠・一鶴さんのバイタリティー学び芸を“磨く”

真打ちに昇進した田辺銀冶(C)ヤナガワゴーッ!
真打ちに昇進した田辺銀冶(C)ヤナガワゴーッ!
師匠の田辺一鶴さん
師匠の田辺一鶴さん

 今月、真打ちに昇進した講談師・田辺銀冶(ぎんや、38)が8日、東京・神田明神で昇進披露奉納講談会を行う。8歳で故・田辺一鶴さんの下で“ちびっ子講談師”として活動。念願の真打ち昇進に意欲を語った。

 「格好いい講談師になりたい。そしていろいろなジャンルの人と共演したい」。09年に亡くなった師匠の背中を追っている。一鶴さんはヒゲがトレードマークで、64年の東京五輪やイチローなどを新作講談にして人気を博した。「師匠は高座でお客さんを喜ばせるだけでなく、常にサービス精神が旺盛でした」。エネルギッシュな生き方は参考になっている。

 高校卒業後、講談から離れ、ニュージーランドや韓国で1年半暮らしたが、日本の文化を学びたいと講談に戻ってきた。再び一鶴門下となり「銀冶」の名前をもらった。「冶」には金属を精錬する意味がある。一鶴さんから「俺は金の芸。お前は銀を磨き続けなさい」と授けられた名前だ。東京五輪に向けて若手講談師5人で「講談戦隊 伍輪者(ごりんじゃー)」を結成。昨年は師匠へのオマージュで東京五輪を読んだ。

 所属協会は違うが、売れっ子となった神田伯山にも刺激を受けている。「前座の時は暗い子だなと思っていたけれど、二ツ目になって自信がみなぎっていた。(伯山の活躍に)自分も頑張ろうと思う」

 一鶴さん亡き後は、母親の田辺鶴瑛門下となった。レディー・ガガや古事記の新作講談を生み出してきたが、先輩・旭堂南鷹(47)に「新作ばかりだとうまくならない」とアドバイスを受け、古典へと“回帰”した。「古典を積極的に勉強し、連続物をどんどんやりたい」。一鶴、鶴瑛の両師匠の教えを胸に、芸を磨き続ける。

 ◆田辺 銀冶(たなべ・ぎんや、本名・土小むぎ=つち・こむぎ)1983年1月24日、東京生まれ。38歳。母親とともに訪れた講談教室で田辺一鶴さんから絶賛され、8歳でちびっ子講談師「田辺小むぎ」となる。高校入学の97年に講談協会に入会。卒業後に休会したが2006年に復帰し「銀冶」を名乗る。一鶴さん没後の10年、母親・田辺鶴瑛門下となり11年に二ツ目。19年に写真家・ヤナガワゴーッ!氏と結婚。

 【田辺銀冶 真打ち昇進披露興行】

 ▼6月17日 午後6時 お江戸日本橋亭「男の花道」

 ▼18日 午後6時 お江戸日本橋亭「お富与三郎 玄冶店」

 ▼23日 午後1時 お江戸上野広小路亭「爆裂お玉」

 ▼24日 午後1時 お江戸上野広小路亭「梅花の誉れ」

 ▼26日 午後1時 お江戸日本橋亭「扇の的」

 ※カギ括弧内は演目

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