西川貴教、故郷・滋賀に革命起こす…ソロ活動25周年インタビュー<上>

滋賀県の星として、T.M.Revolution25周年に故郷を盛り上げる西川貴教(カメラ・矢口 亨)
滋賀県の星として、T.M.Revolution25周年に故郷を盛り上げる西川貴教(カメラ・矢口 亨)

 歌手で俳優の西川貴教(50)は今月、T.M.Revolution(TMR)としてソロ活動を開始してから25年を迎える。舞台や映画でもマルチな才能を発揮しつつ、四半世紀の活動で高まったのは「故郷への思い」。13日から滋賀県内だけを回る異例のツアー「T.M.R. LIVE REVOLUTION ’21―VOTE―」で節目の年をスタートさせる西川に覚悟を聞いた。(田中 雄己)

 西川が「TMR」をスタートさせてから25年がたつ。

 「ソロとして25年。その前にバンドでデビューしてからちょうど30年なんですよ。『とにかく有名にならないと』『大きい会場でライブをやらなきゃ』と近視眼的な見方しかできなかった自分からすると、今の姿は全く想像できなかった」。目を細め、当時の自身に思いを馳(は)せた。

 96年にソロデビュー後、「WHITE BREATH」(97年10月)や「HOT LIMIT」(98年6月)などのヒット曲を連発。伸びやかな声とともに注目を浴びたのはファッション。ホットパンツをはいたと思えば、体をテープで巻きつけたような衣装をまとった。「よく『どこの代理店使っているんですか』と聞かれるんですけど、1人でやっているんですよ(笑い)」

 目でも耳でもファンを魅了して、NHK紅白歌合戦に計5回出場。テレビやラジオでは軽妙なトークを披露し、ミュージカルやドラマでは安定した演技を見せてきた。98年には個人事務所を設立。「アーティストとして我を通したいのと、組織を運営する予算や経費も考える。いつもそのジレンマと闘っている」と代表取締役の顔もある。

 ジャンルを問わない活躍で確固たる地位を築いた西川だが、デビュー10年目が過ぎた頃、漠然と「次のステージ」を考えた。頭に浮かんだ言葉は「自己実現」、同時に「故郷」の情景がよみがえった。20歳で上京したため、家族で過ごす時間は決して長くなかった。「メチャクチャ田舎で、特産物みたいなのもなくて。琵琶湖のブラックバス目当てに訪れる人も多いですけど、あれは外来種ですしね(笑い)。本当に何もないですし、個性もない」

 デビュー後もコンプレックスを抱いていた。代表取締役として出席する会議などでは手土産をやり取りすることも多い。「北海道や福岡とかは間違いないものがあるでしょ。でも滋賀は、全然ないのよ」。笑いを交えて劣等感を表現したが、ライブで訪れた全国の各自治体の人たちと話し合うたびに、県職員を務めた父の言葉が頭をよぎった。「昔、父が地元について話していたことは、こういうことかと。意外にしっかり記憶として残っていて。それがまた不自然じゃないんですよね」

 二度と戻らない覚悟で上京したが、その分、故郷への思いが増していたことに気づいた。40歳を前に「自分が何たるぞか」を意識した時、生まれ故郷に足が向くのは必然だった。地元に住む妹には子供が生まれ、かわいくて仕方ない。「未来を担う子供たちが、僕みたいに故郷を疎ましく思うことがないように」。西川の新章が始まった。

 <下>に続く

 ◆西川 貴教(にしかわ・たかのり)1970年9月19日、滋賀県生まれ。50歳。96年5月に「T.M.Revolution」として「独裁―monopolize―」でソロ歌手デビュー。代表曲に「HIGH PRESSURE」「HOT LIMIT」など。NHK紅白歌合戦に5度出場。俳優としても19年後期のNHK連続テレビ小説「スカーレット」などに出演。滋賀県から「滋賀ふるさと観光大使」に任命され、県内初の大型野外ロックフェス「イナズマロックフェス」を主催している。

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