【日本ハム】伊藤大海の父、たこつぼ漁師の清光さん「ずっと辛口評価だったけど、プロで活躍しそうな気がする」

スポーツ報知
3歳の時、家族旅行先の登別・地獄谷で父・清光さん(右)と記念撮影

◆パ・リーグ ソフトバンク3―4日本ハム(28日・福岡PayPayドーム)

 日本ハムのドラフト1位・伊藤大海投手(23)がプロ初勝利を挙げた。実家の北海道鹿部町では父・清光さん(51)がテレビ観戦。待ちに待った1勝目に、たこつぼ漁を営む父がスポーツ報知に手記を寄せた。

 まずは初勝利おめでとう。今までで一番調子が悪そうだったけど、勝ち星のない中で落ち着いて投球していたね。過去4戦で勝てなかったのは、ヒロ自身の責任もあったと見ていたけど。ただ、やはり初登板から1か月。長かったね。

 生まれたのは8月の昆布取りの忙しい時期だった。一番上は女の子。次は男の子がいいなって思っていた。うちは自分で3代目。漁師になる子も年々減っていたから、継がせる気はなかった。俺が父の反対で野球をやれなかったから「やりたいことをやってくれたら」とずっと思っていた。

 鹿部中を卒業する日、そのおじいちゃんが漁の準備中の事故で亡くなった。まだ65歳。兄と俺と弟と、4人でやっていた伊藤家の船長だった。本当にパニック。仕事も手につかなくて、1か月漁も休んだ。駒大苫小牧で寮生活を始めるのもバタバタで送り出してしまって、申し訳なかった。立て続けに兄も亡くなって。収入も半分になった。本当に、人生のどん底だった。

 ヒロの野球を見るくらいしか楽しみがなかった。俺ももしかしたら、くらいに思っていたから。でも高校1年生の秋。15番を背負って、全道大会で優勝してセンバツ出場を決めた。初戦以外は円山球場まで見に行った。本当に野球に、ヒロに救われた。甲子園を決めた時点で、もう何もかも悪いことをかっさらってくれた。駒大をやめて苫小牧駒大に再入学した時も、びっくりはしたけど「また近くで野球を見られる」という思いの方が強かったな。

 うちは早死にの家系だから。もし俺が70歳でポックリ逝っても、もしかしたらヒロならまだ投げているかもしれない。野球をやめる姿は見たくない。俺が80歳まで生きても、コーチや監督としてユニホームを着ていてほしい。北海道の方に育ててもらって今がある。ずっと北海道日本ハムファイターズの「伊藤大海」でいてくれたら、うれしいな。

 野球を始めた小学2年生から、ずっと試合を見てきた。俺があまりいろいろ言われるのは好きじゃないから、褒めることも、けなすこともあまりなかった。今までずっとヒロを辛口評価で見ていたけど、不思議だな。プロでだけは、活躍しそうな気がしているよ。(伊藤 清光)

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