格闘技の“聖地”後楽園ホールの60年目の歴史が始まった…“同い年”のプロレス担当に聞く

後楽園ホールのプロレス担当・岩澤利昭課長代理
後楽園ホールのプロレス担当・岩澤利昭課長代理

 プロレス、ボクシングなど格闘技の“聖地”と呼ばれる東京・後楽園ホールが16日、開業59周年を迎え、60年目の歴史が始まった。新型コロナウイルスの影響で入場制限は続いているが、プロレスは年間約250興行という過去最多の盛況となっている。運営する株式会社東京ドーム・ホール部のプロレス担当・岩澤利昭課長代理(58)は、ホールと同じ1962年生まれ。ともに歴史を歩んできた岩澤さんに、臨時休館、無観客を経て復活した“聖地”について聞いた。

 舞台裏から後楽園ホールを見てきた岩澤さんに、興行前に案内してもらった。リングのないホールは新鮮。昼夜別興行でも、主催者同士の引き継ぎではなく、一度閉館して消毒作業を行っている。「経費はもちろんホール持ちですよ。きれいな状態でお貸しするのが務めですから」

  • リングのない貸し出し前の後楽園ホール。各団体のリングによって表情が変わる
  • リングのない貸し出し前の後楽園ホール。各団体のリングによって表情が変わる

 後楽園ホールは1962年4月16日の報知ダイナミックグローブ(高山一夫がオスカー・レイスに判定勝ち)でこけら落としされた。95年12月19日には、竹原慎二が日本人初の世界ミドル級王座(WBA)を奪取するなど、ボクシングの聖地としての印象が強いが、興行数はプロレスが圧倒的に多い。

 「プロレスが約250、ボクシングが約90ですね。昨年は臨時休館があって参考になりませんが、一昨年は約230でしたから、過去最多でしょうね」。ボクシングが墨田区総合体育館に進出したり、定番だった日本テレビ系「笑点」の公開収録が中止になっているという要因もある。

  • 消毒後の会場をチェックする岩澤利昭課長代理ら
  • 消毒後の会場をチェックする岩澤利昭課長代理ら

 コロナ禍に見舞われた昨年は、立ち技格闘技のK―1が3月22日にさいたまスーパーアリーナ大会を強行開催して批判が高まり、同28日にホールで予定していたK―1「Krush」に対し、東京都の小池百合子知事が緊急会見で無観客要請をしたため、ホールにも批判が集中した。「電話が鳴りやみませんでした」と話し、「人殺し」とまで言われた岩澤さんのショックは癒えていない。

 無観客の配信マッチでは、3月29日のプロレスリング・ノアの潮崎豪VS藤田和之(GHCヘビー級選手権)が30分にらみ合いになる名場面も生まれたが、緊急事態宣言で4月8日から東京ドームシティ全体が臨時休業で使用不可に。6月には、新日本プロレスが会場名非公表で無観客試合を再開したが、有名すぎるホールの内装は幕を張っても隠しきれず、選手の出待ちに一部のファンが来てしまう事態も生じた。

 7月11日のK―1「Krush」から有観客興行を再開。3月25日のプロレス2AW以来、108日ぶりに復活した。通常のプロレス興行では超満員で約1700人のキャパだが、現在は上限の50%という制限がある上に、立ち見用のバルコニーは開放しておらず、700人未満の主催者発表となっている。

 今年は2年ぶりの春を迎え、4月にはプロレス22興行、ボクシング6興行、その他格闘技6興行がひしめく。18日はノアと新日本の昼夜興行、22日には初代タイガーマスク(佐山サトル)が40周年興行「ストロングスタイル」を開く。「私が後楽園スタヂアム(現・東京ドーム)に入社したのが81年ですから、同じ40周年になりますね。あと1年で定年ですから、しっかりと伝統を次の代に託していきたいと思います」と岩澤さんは感慨深げに話した。(酒井 隆之)

 ◆後楽園ホール 東京都文京区後楽1丁目の東京ドームシティ内にある後楽園ホールビル5・6階。地名は隣接する日本庭園・小石川後楽園に由来。世界ヘビー級王者のムハマド・アリやマイク・タイソンも公開練習で使用した。青いビルと呼ばれていたが、14年から外壁が茶色に。

後楽園ホールのプロレス担当・岩澤利昭課長代理
リングのない貸し出し前の後楽園ホール。各団体のリングによって表情が変わる
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