【社会人野球】三菱ふそう川崎で都市対抗3度制覇の名将・垣野多鶴氏が死去

2003年の都市対抗決勝、逆転で優勝を決め胴上げされる三菱ふそう川崎・垣野監督
2003年の都市対抗決勝、逆転で優勝を決め胴上げされる三菱ふそう川崎・垣野監督

 アトランタ五輪で銀メダルを獲得した日本代表で打撃コーチを務め、三菱自動車川崎・三菱ふそう川崎、NTT東日本で監督を務めた垣野多鶴(かきの・たづる)氏が4日、肺炎のため川崎市内の病院で亡くなった。69歳だった。社会人野球を統括する日本野球連盟が10日、発表した。

 垣野氏は長崎県出身で、佐世保工から東海大に進学。強打の内野手として在学中に6度のベストナイン(遊撃手1度、二塁手5度)を獲得するなど活躍し、4年生だった75年秋には最高殊勲選手にも選ばれた。卒業後は三菱自動車川崎で選手、選手兼任監督を務め、現役引退後は監督専任に。89年に退任すると、94年から3年間、日本代表コーチを務めた。

 99年に三菱自動車川崎の監督に復帰すると、「打ち勝つ野球」を標榜し、20000、03年に続き、会社不祥事で活動を自粛した04年を挟んだ05年も都市対抗野球を制覇(01年から三菱ふそう川崎)。同社が08年限りで休部となると、翌09年からNTT東日本の監督に就任。11年の都市対抗で準優勝を果たすなど実績を残し、13年限りで勇退していた。

 主な教え子に、渡辺直人(楽天打撃コーチ)、矢貫俊之(巨人ファームディレクター補佐)、西郷泰之(元ホンダ)、清田育宏(ロッテ)らがいる。

2003年の都市対抗決勝、逆転で優勝を決め胴上げされる三菱ふそう川崎・垣野監督
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