石井亮次アナ、名古屋から全国へ「ゴゴスマ」躍進の理由とこだわり語る 亡き父親の教えとは…

「視聴者を楽しませ続けたい」と話す石井亮次アナ(カメラ・谷口 健二)
「視聴者を楽しませ続けたい」と話す石井亮次アナ(カメラ・谷口 健二)

 名古屋のCBCテレビ制作の生情報番組「ゴゴスマ~GOGO! Smile!~」(月~金曜・後1時55分)は3月15日から大阪・MBSでの放送がスタートし、TBS系列28局中24局ネット、39都道府県の“全国放送”を勝ち取った。2013年の番組開始時からMCを務める石井亮次アナウンサー(44)が番組の躍進のきっかけと愛情、こだわりを語った。(高柳 義人)

 東大阪市出身の石井アナにとって、“地元凱旋”ともいえる3月15日は特別な日だった。「メチャクチャ緊張していましたね。(就職試験で)大阪の放送局に落ちて。20年越しの夢というか…」

 特別なネクタイを締めて臨んだ。15年に66歳で亡くなった父・卓郎さんの形見だ。三回忌となる17年の命日に初めて着用すると関東地区で初めて同時間帯の視聴率1位を記録。「今回も関東は1位だったけど、関西は2位。神通力もこんなもんかって」と笑った。15年は父の葬儀に参列せずに仕事を優先させた。「悲しみをこらえてやったら(関東地区の視聴率が)最低の0・9%、霊柩(れいきゅう)車やねんって」。関西人らしく笑いに変え“思い出”を語った。

 父親はガソリンスタンドを経営。石井アナも中学から大学までアルバイトをして支えた。「朝から晩までラジオが流れていて、お客さんとのコミュニケーションだとか、大声でのあいさつが発声練習になったのか、今思えばアナウンサーに相通じるところがあったのかも」と振り返った。

 家業を継ぐつもりだった石井青年がアナウンサーを目指したのは、当時の彼女の存在があった。「テレビ局を受験する」という彼女に、フタをしていた記憶が鮮明によみがえった。小学3年の85年、阪神が優勝した。日本中が熱狂に沸く中、石井少年は“実況”に注目。「しゃべっているおっちゃんが格好いいなって」。バース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発の実況を学校でやったらウケた。「根暗な少年だったのが人気者になって」。転機となった原点を思い出し志望変更。就職留年し“大学5年生”で夢をかなえた。

 「ゴゴスマ」は改編の度に放送地域を拡大している。魅力を問うと「僕はたいしたことなくて『どうですか? そうですか? おじさん』です。コメンテーターに助けられています。(東京から)のぞみで1時間40分で来ると、やや口が緩みます」と“地の利”を明かした。

 心掛けているのは“ラジオ的”なしゃべり方だ。「(スタジオで)ワァーッと受けたら、今のはこうですよと一回戻して丁寧に説明します」。理由がある。「この時間帯はがっつりテレビを見ている人は少ないと思うんです。作業していたり仕事しながらの人が多いと思うんです」。“ながら見”にも配慮する。これも学生時代にガソリンスタンドで浴び続けたラジオの影響を色濃く残している。

 スタッフが少ないが故の風通しの良さも有利だ。最近も東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長“内定”とされた川淵三郎氏の人物紹介の準備をしていたところ直前で急転。「番組開始20分前に川淵さんじゃないぞとなって。それで全部(用意していたものを)捨てて。なぜ川淵さんじゃないのか、(後任は)誰なのかで40分間トークした」。臨機応変な対応に「小型車ですぐハンドルが切れてアクセルも踏める。ナビと運転手は精度が良くないけれど、楽しいドライブをしている感じ」とスタッフの瞬発力をたたえた。

 昨年4月にフリーとなったが、局アナ時代と変わらず午前7時半出社。スタンス、熱量は変わらない。「最初からみんなで地べたをはいずり回ったスタッフと『ゴゴスマ』で1位になりたいんです」

 目指すべきアナウンサー像は、父親が道しるべを残してくれた。「亡くなる直前に意識がもうろうとして『おやじ、ありがとう』って言ったら『まだ早い!』って。コレやと…。最期まで面白い、コレを目指そうと。一生、おしゃべりの場があればいい。リスナー、視聴者を楽しませ続けたい」。“生涯一しゃべり手”としてこれからも歩んでいく。

◆石井亮次(いしい・りょうじ)プロフィル

 ▼生まれと経歴 1977年3月27日、大阪・東大阪市生まれ。44歳。同志社香里中・高から同志社大文学部を経て2000年に名古屋の中部日本放送(CBC)に入社。20年4月からフリーとなりジャパン・ミュージックエンターテインメント(JME)に所属。17年にナレーションを務めたCBCラジオ「1/6の群像」が日本民間放送連盟賞最優秀賞、文化庁芸術祭賞大賞を受賞。

 ▼サイズ 181センチ、77キロ。「思ったより大きいとよく言われる。人間がちっちゃいから?」。体脂肪率22%。「見かけ倒し。視聴率だったらエライこっちゃだけど…」

 ▼迷実況で失格 プロ野球実況アナを夢見たが、入社2年目の練習で「周りの情景描写に気を取られて試合が始まっていて、『第1球投げてました!』。これでクビになりました」。

 ▼一直線の愛 04年に3歳年下の女性と結婚。アポなしの旅ロケで入った三重県の喫茶店の看板娘に一目ぼれし、メールアドレスを聞き出す。「丸1年通いました。そのためにETCをつけて、名古屋から三重までの100キロを一刻も早く…」。家族構成は愛妻と中学2年の長女、小学4年の次女と愛犬。

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