札幌山の手高女子バスケットボール部53年間指導・石田修務監督「十分やりきった」3月で勇退

2010年の沖縄高校総体で全国初制覇、上島コーチ(右)と握手する石田監督
2010年の沖縄高校総体で全国初制覇、上島コーチ(右)と握手する石田監督

 札幌山の手高女子バスケットボール部を53年間指導した石田修務監督(79)が、3月いっぱいで勇退した。後任には神田英基コーチ(48)が昇格した。石田前全国V5度監督に、上島正光ヘッドコーチ(77)とのコンビで5回の全国制覇へ導いた偉業など、半世紀以上にわたる指導者キャリアの思い出などを聞いた。(聞き手・小林 聖孝)

 ―石田さんは1965年に同校(当時・札幌香蘭)赴任、68年から監督を務め53年間指導。勇退を決断した理由は?

 「自分としては十分やり切ったと思っている。今夏で80歳を迎えますし、節目、区切りをつけたいと思いました。学校側の了解も得て教職(物理)、部活指導とも『期間満了』としてもらいました」

 ―半世紀以上のキャリアを振り返って今感じることは?

 「終わってみればあっという間。ここまで続けられてきたのは、多くの人たちの応援、支援があったから。今は感謝の気持ちしかありません」

 ―70年に招へいした上島コーチとの“名コンビ”で全国の強豪へ躍進した。

 「空手出身の自分が学校の事情で、68年に女子バスケット部顧問に就任したが、勝てない日が続いた。偶然、ウチの学校でOGクラブを指導していた上島と出会い、中学(札幌中島中)の2期後輩と分かり意気投合。『3年で全道一になろう』と1日4部練習も実施し、72年に初の全国出場。それを機に全国大会常連になりました」

2014年のウインターカップで試合を見守る左から石田監督、上島、神田両コーチ
2014年のウインターカップで試合を見守る左から石田監督、上島、神田両コーチ

 ―上島コーチが技術中心、石田監督が学業、進路を含めた環境整備の分担指導体制で、全国強豪に仲間入り。10年の沖縄高校総体で全国初制覇、国体、ウインターカップ(WC)と全国3冠を達成。翌年も国体、WCの2冠。その後、神田コーチが加わり昨年WCでも3位に入った。

 「特に3冠を決めた10年のWCでは、表彰式で、体の震えが止まらない感動を覚えた。最高のプレーをしてくれた選手たちを誇りに思いました」

 ―このほど発表された東京五輪代表候補に、3冠メンバーの本川紗奈生(デンソー)、町田瑠唯(富士通)、長岡萌映子(トヨタ自動車)を含む札幌山の手出身が5人も選ばれた。

 「本川、町田、長岡はリオ五輪も経験している。今回も一人でも多く代表入りし、日本代表の中心として活躍し、故郷の北海道に元気を届けてほしい」

 ―指導を継続する上島ヘッドコーチ、神田監督へ託す思いを聞かせて下さい。

 「好きな言葉は、戦国武将の武田信玄が残した『人は城、人は石垣、人は堀』。信頼できる人の集まりは、強固な城に匹敵するということ。今後も生徒と信頼感を育み、成長を後押ししてほしいですね」

 上島正光ヘッドコーチ「イシさん(石田前監督)には、本当にご苦労さんと言いたい。一緒にゼロからつくり上げ、全国の頂点に立つことができた経験は財産。これからも応援してほしい」

 ◆石田 修務(いしだ・おさむ)1941年8月2日、札幌市生まれ。79歳。札幌北高から札幌学芸大(現・札幌教育大)に進み、大学では空手部に所属。札幌山の手高では物理教諭。元日本女子代表監督の中川文一氏(73)、桜花学園の井上真一監督(74)らとも親交が深い。

2010年の沖縄高校総体で全国初制覇、上島コーチ(右)と握手する石田監督
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