大学生の詩人・岩倉文也さん 小説集で少年期の自分を葬る…最新作「終わりつづけるぼくらのための」 

取材終わりに「卒論っていつから書き始めましたか?」と記者に質問をしてきた岩倉文也さん
取材終わりに「卒論っていつから書き始めましたか?」と記者に質問をしてきた岩倉文也さん
「終わりつづけるぼくらのための」の表紙
「終わりつづけるぼくらのための」の表紙

 2018年、「ユリイカの新人」に選ばれた詩人・岩倉文也さん(22)の最新作「終わりつづけるぼくらのための」(星海社、1485円)は小説集だ。新進気鋭の大学4年生が初めて選んだ小説という表現方法。それは、少年期の自分を主人公の少年とともに葬るためだった。(瀬戸 花音)

 「短い中で何かをぎゅっと凝縮して表現するのが好きで。それこそツイッターの140字とかでも、短い中で遠くまで飛ばせるというか。SNS的な環境を生かせば、詩でありつつ、いろんな人に読んでもらえる表現もできる」

 岩倉さんの投稿を見ると、SNSと詩の相性がいいことに気づかされる。そんな詩人が初めて出した小説集。800字ほどの小説が約80編。砂浜、校舎、電車…舞台はさまざまだが、すべて「世界の終わり」を描く。「詩を書くみたいにして書いた」。詩のような鋭利な表現にストーリー性が加わった作品に仕上がった。主人公の多くは「少年」。そして、その行き着く先は常にバッドエンドだ。

 終末を見つめる詩人が生まれた原点は、古里にある。作中に舞台としてよく描かれる「海」は生まれ育った福島市にはない。だが小学6年生のころ、臨海学校で訪れた同県相馬市の海は、今も記憶に刻まれている。「けっこう汚いんだ」。素直にそう思った海は、それから程なくして発生した東日本大震災で思い出の宿舎をのみ込んだ。

 「詩人になったきっかけがもしあるとしたら、あの震災で全部揺さぶられちゃってというのもあるのかなって。いっつも書くたびにそこに立ち返っちゃって」

 当時好きだった女の子は福島第1原発の事故のこともあり、家族ごとどこかに引っ越してしまった。小説の中では「少年」と対で「少女」が出てきて、「海」とともに終わりを強調している。

 「少女の存在を追い続けているっていうのはあるかもしれないです。でも、現実のその人とは別の何かができちゃってる感じ。だから実際に会ってもどうということはないと思います」

 中学では生徒会に入り、高校は温泉街である地元から市街地にある進学校へ進む。地元と切り離され、知らない人ばかりの土地で毎日授業を受ける。「嫌になっちゃって」。直接的なきっかけはない、ただ電車に揺られるうち、鬱々(うつうつ)とした気持ちは募っていき、気づけば夕暮れまで公園で本を読んでいた。

 「自分でも驚いたんです。それで通信制高校に通って。何もやることがないっていう状態のときに詩を書き始めたっていうのが一番初めです。時間は無限にあったんで」

 岩倉さんはその期間の自分のことを「引きこもり」と自称するが、物理的に引きこもっていたわけではない。廃虚の目立つ温泉街をぐるぐると歩き回り、「風景を体に浸した」という。

 「3、4年くらい引きこもっていて。詩を書くと、自分でも思ってもなかったことができるんですよね。言葉の中で自分を乗り越えていったり、未知の場所に連れていく。多分そういうのが好きでずっと書いてたんだなと思います」

 現在は故郷を離れ、ひとり東京の大学に通っている。電車が数分おきにくるホームに感動を覚えながら、自分の成長を実感する。東京で本を出し、多くの人と出会い、話をした。古里のあの町は自分に染みついているが、記憶の中で同じ場所を歩き回っていた少年には手を振る時期が近づいている。

 「少年時代の記憶とかをさかのぼりつつ、過去の自分を主人公の少年とともに葬る。過去の清算というか。僕自身の少年時代の終わりというものも込めた。今回、終わりを描き続けたのはすごい逆接的な方法なんですけど、ある意味、今の終わってはいない世界を肯定するためなのかなって思ってます」

 ◆岩倉 文也(いわくら・ふみや)1998年8月31日、福島県福島市生まれ。22歳。現在大学4年生。2016年頃より歌作、詩作を始める。18年、「ユリイカの新人」を受賞。19年、中原中也賞最終候補に。著書に「傾いた夜空の下で」(青土社)、「あの夏ぼくは天使を見た」(KADOKAWA)がある。現在、講談社の文芸ニュースサイト「tree」にて書評連載中。

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