思わず触れてしまった15年ぶり取材の筒井康隆さんの悲しみ…86歳の作家が51歳の息子の死を描く「覚悟」

最新短編集収録の「川のほとり」で昨年急逝した一人息子との夢の中での再会を描いた筒井康隆さん(C)新潮社写真部
最新短編集収録の「川のほとり」で昨年急逝した一人息子との夢の中での再会を描いた筒井康隆さん(C)新潮社写真部
昨年亡くなった長男・伸輔さんの作品が彩った筒井康隆さんの「ジャックポット」の表紙
昨年亡くなった長男・伸輔さんの作品が彩った筒井康隆さんの「ジャックポット」の表紙

 「文学デーモンの仕業」―。15年ぶりとなったインタビューで、そんな言葉でしか表現できない超ベテラン作家の創作への「覚悟」を見せつけられた。

 新型コロナとの闘いが続く中、年明けの文学界の話題をさらったのが、今年で作家デビュー62年目を迎えた筒井康隆さん(86)の最新作「ジャックポット」(新潮社刊)だった。

 発売後すぐに版を重ねるなど文壇の注目を集める短編集に収められた14本の作品は、言葉の洪水が続く超実験小説「漸然山脈」から自身の20歳からの世相をノスタルジックに振り返る「一九五五年二十歳」など傑作ぞろい。中でも読んだ誰もが涙したのが、昨年2月、食道がんのため急逝した長男で画家の筒井伸輔氏(享年51)との夢の中での再会をつづった私小説的作品「川のほとり」だった。

 1月発売の文芸誌「新潮」2月号に掲載されたとたん、文壇の話題をさらい、テレビ番組でもおなじみの新潮社出版部長・中瀬ゆかりさん(56)の強い希望で急きょ、今回の短編集の最後に収録された逸品だ。

 「川のほとり」で主人公の小説家「おれ」は亡くなって間もない息子「伸輔」と再会する。「おれ」はこの再会が自分の夢であることを知ってはいるものの、息子と静かに語り続ける。話が終わったら、その瞬間、夢が覚めてしまうから―。

 「父さん」

 「おう」

 「母さんは元気」

 「元気だよ」

 あまりに悲しく、美しい父子の会話。この作品と出合い、私はすぐに筒井さんをインタビューすることを決め、新潮社に取材を申し込んだ。

 振り返れば15年前の2006年1月、当時71歳の筒井さんの東京・神宮前の豪邸にカメラマンとともに押しかけ、約1時間、最新長編「銀齢の果て」について話を聞いたことがあった。

 その時も筒井さんは文壇の話題の中心にいた。

 超高齢化社会解消のため、国家主導のもと「銀齢=シルバーエイジ」の70歳以上の老人たちがたった一人の生き残りを目指して殺し合うという超問題作。陰惨な内容なのに、多くの読者を魅了してきた筒井流ドタバタが全開の作品だった。

 「68歳くらいで(ストーリーを)思いついたけど、老人差別になるので自分が70歳以上になった今、発表しました」―。広々とした和風の座敷で微笑んだ筒井さんの表情を、昨日のことのように覚えている。

 そして、15年が経った。「一九五五年二十歳」のラストでも「なんとおれは八十五歳になった。二十歳のおれは、やがて作家になり、こんなに長生きするとは思ってもいず、まして息子が五十一歳の若さで死んでしまうなどとは夢にも思っていなかったのである」と愛息の死に触れた筒井さん。

 今回の作品の表紙を伸輔さんの作品が飾っていることについて聞くと、「伸輔は皆から好かれていました。特に編集者との交歓の席などで編集者とも親しくしていましたし、画業でも多くの人に知られていました。(川のほとりは)強(あなが)ち私小説的ではないと思います。今回の装幀も新潮社の方からの是非にも、というお話で実現したもので装幀室の方にはただ感謝、感謝です」―。そう淡々と答えてくれた。

 新型コロナとの闘いが続いた2020年という年と並走しながら描いた表題作「ジャックポット」について聞いても「正直の話、あまりコロナを恐怖してはおりません。この年の一番の出来事はやはり筒井伸輔の死であり、それに比べたらコロナは『大当りの年』の添え物みたいに思っています」と、やはり、亡き一人息子への思いがあふれた。

 中学生の時、「東海道戦争」の文庫本を手にした時から、筒井さんは私にとって「特別な作家」になった。

 あっという間に出版されていた作品をむさぼり読み、新刊が出れば、いち早く手にとった。SFの枠を超え、時に人間の醜さを徹底的に描く作品内容はプライベートにも及び、露悪的な日記文学の傑作「腹立半分日記」まで生み出した。筒井さんが良く使う言葉で言えば、まさに「文学デーモンの仕業」としか言えない、悪魔的ささやきに導かれて生まれたとしか思えない問題作の数々も読んできた。

 そんな熱狂的ファンの総称「ツツイスト」であることを自覚している私でも、急逝した一人息子との夢の中での“再会”を珠玉の短編に仕上げるという筒井さんの作家としての「決意」には心底、驚かされた。

 これを文学的昇華と呼ぶのか。いや、やはり「文学デーモン」が大作家を突き動かした結果なのではないか。「川のほとり」を何度、読み返しても、私にはそうとしか思えない。それほど美しい作品がここにある。まるで天国で伸輔さんが微笑んでいるかのような―。(記者コラム・中村 健吾)

 ◆筒井 康隆(つつい・やすたか) 1934年(昭和9年)9月24日、大阪市生まれ。86歳。同志社大文学部卒業後の60年、家族で発行した同人誌「NULL」から短編「お助け」が江戸川乱歩によって「宝石」に転載され、作家デビュー。65年、処女作品集「東海道戦争」を刊行。SF第一世代として「48億の妄想」、「霊長類 南へ」など話題作を書き続ける一方、ジュブナイル「時をかける少女」、実験小説「虚人たち」、「残像に口紅を」など純文学分野でも最重要作家となる。「虚人たち」で泉鏡花文学賞、「夢の木坂分岐点」で谷崎潤一郎賞、「ヨッパ谷への降下」で川端康成賞、「朝のガスパール」で日本SF大賞、「わたしのグランパ」で読売文学賞など受賞多数。

最新短編集収録の「川のほとり」で昨年急逝した一人息子との夢の中での再会を描いた筒井康隆さん(C)新潮社写真部
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