何度も「やめたい」訴えた照ノ富士、説得し続けた親方 伊勢ケ浜部屋のおかみが見た確かな“師弟愛”

 春場所で自身3度目の優勝を果たし、2017年秋場所以来21場所ぶりの大関復帰を決めた照ノ富士(29)=伊勢ケ浜=が31日、都内の部屋で大関昇進伝達式に臨んだ。伝達式後、部屋のおかみさんの杉野森淳子夫人が代表取材に応じ、照ノ富士と師匠・伊勢ケ浜親方(元横綱・旭富士)の“秘話”を語った。

 おかみさんの印象に残る場面は、照ノ富士が関取の地位も失っていた頃。初優勝した15年夏場所後に大関昇進を果たした照ノ富士は、その後両膝のけがや糖尿病に苦しむ。連続休場し、17年九州場所で関脇転落、翌年名古屋場所では幕下陥落した。

 この頃、「たびたび大関が親方のところを訪ねてきて、『辞めたい』って。幕下に落ちたくらいから。そうすると、私は席を外して。ソファーで1時間は親方が、毎回。5、6回は説得していました」と淳子夫人。力と番付が落ちていく現実に、照ノ富士は何度も引退を直訴したが、師匠は「まずは病気を治してからだ」と説得し続けていた。

 伊勢ケ浜親方から説得される度に、「(照ノ富士が)うなだれて戻っていくというのを、繰り返しているのを見てきた」。当時の師匠の心境を、おかみさんは「多分ここでやめたら、言い方は変ですけど、やさぐれてしまうような…それだけが残ってしまうからって。それを食い止めたかったんじゃないですかね、まずは。やれるだけやってという、軌道修正(をして)」と察した。

 師匠の諦めない説得に、照ノ富士も再起を決める。「(親方が)説得を何回もするので、やっぱりやらなきゃいけないんだろうという気持ちを本人が持ち始めて。まず糖尿病とか他にもいろいろあったみたいなんですけど、内臓を治して。手術も、きちんとした手術を両膝やったので。でも本人が本当に努力をしていたので、すごいと思いますね」。19年春場所、大関経験者としては初めて序二段の土俵から復帰。そこからわずか2年で、「元の位置」まで戻ってきた。

 おかみさんも、相撲を取る照ノ富士が、前向きになっていく姿勢を感じていたという。「すごく精悍な、全部削ぎ落とされたみたいな。序二段に落ちていた時は湿疹もできていましたし。そういうものを全部出したって感じで」。そこに至ったのも、師匠の説得があったから。改めて「やっぱり親方の説得がすごかったです。それは本当に私間近で見ていて、諦めないという意志が通じたんじゃないですか」と振り返った。

 元大関というプライドもある中、復活した照ノ富士をおかみさんは「それをよく乗り越えてくれたと思います」とねぎらった。そして、間近で見てきた師弟愛。「本当に、あの時は今があるって想像できなかった。親方と大関が、素晴らしい関係だったんじゃないですかね」と目を細めた。

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