【大阪杯 距離の壁<2>】2着盾から一気に距離半分…カミノクレッセ安田記念でも2着

天皇賞・春からの転戦で2着と底力を見せた92年安田記念のカミノクレッセ(左)
天皇賞・春からの転戦で2着と底力を見せた92年安田記念のカミノクレッセ(左)

◆第65回大阪杯・G1(4月4日、阪神競馬場・芝2000メートル)

 1992年の安田記念は、単なる春のマイル王決戦とは異なる様相だった。天皇賞・春(1着メジロマックイーン)から中2週で、なんと3頭が転戦。2着カミノクレッセ、3着イブキマイカグラに、前年の有馬記念の勝ち馬ダイユウサク(9着)も参戦したのだ。

 競走体系が確立されていない時代なら、中、長距離を主戦場としている一流馬がマイル戦に出走することは珍しくなかった。ただ、1984年のグレード制導入から8年が経過。この間、天皇賞・春から安田記念に直行した馬は一頭もいなかった。ステイヤーの資質を問われる3200メートルから、一気に半分の1600メートルへの距離短縮は、異例のローテーションと言えた。

 カミノクレッセの工藤嘉見調教師はレース前、そんな先入観を打ち消した。「宝塚記念までレース間隔が空くから。それに元気ですから」。問題なしと言いたげだった。結果は迫力満点の追い上げで、ヤマニンゼファーの2着。冷やかしではなかったことを証明した。

 騎乗した南井克巳騎手は「前半でごちゃつき、流れに戸惑ったのが痛かった」と嘆いたが、カミノクレッセは盾で最先着した底力をマイルでも示した。さらに1か月後には、2200メートルの宝塚記念も2着。全く異なる距離のG1で3戦連続2着と、この春は主役に匹敵する活躍だった。(編集委員・吉田 哲也)

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