急逝した相撲漫画家・琴剣さんが大切にしていたこと

千葉・船橋市で琴剣さんの通夜が営まれた
千葉・船橋市で琴剣さんの通夜が営まれた

 26日に急逝した相撲漫画家、琴剣さん(享年60歳)には、約20年間お世話になった。2001年から大相撲担当になり、06年に担当が外れた後も、私に長女が生まれた時には愛情あふれるお祝いの言葉を頂いたり、東京・中野区の絶品カレーライスの店へ一緒に行ったり、と思い出は尽きない。

 20年間、琴剣さんと接してきて、すごいと思うことは、誰のことも悪く言わないということ。もっとすごいのは、誰一人として琴剣さんを悪く言う人がいないということだ。

 角界は敵と味方に分かれたり、派閥が生じやすい世界だ。ましてや、琴剣さんは、スポーツ報知で30年間、力士の喜怒哀楽を描き続けた立場だ。勝って胸を張る力士ばかりならば良いが、負けてみじめな力士を描くこともある。不本意ながらも不祥事をやらかしてしまった力士を絵にしてもらうことだって度々あった。それでも、力士や親方からのクレームは一度も聞いたことがない。これは、根底に何があったからだろうか。琴剣さんが漫画を描く上で、「大切にしてきたこと」を守り続けたからだと私は思っている。

 琴剣さんが、まだ千葉・船橋市でちゃんこ料理店を経営していた頃の話。店に行って、史上最高に美味しい塩ちゃんこ(決してお世辞ではない)を食べ終わった後、漫画を描く上で心がけていることを尋ねてみた。

 「自分は関取になれず、三段目までしかいけませんでした。だからというわけではないんですが、こう思っています。序ノ口だとか横綱だとかいう番付以前に、土俵に上がってまわし一つで戦うのは、皆同じ人間だということ。その一人ひとりへの敬意と信頼をなくして漫画を描いてはいけないと思うんです」

 琴剣さんは11歳も年下の私に対して常に敬語だった。もっと若い記者に対しても同じだ。序列が厳しい番付社会で育ったにも関わらず、地位や年齢で人を差別しない。その徹底した平等な価値観が反映された漫画は、日本を代表する漫画家の目にも止まった。「アンパンマン」の生みの親、やなせたかし氏(故人)だ。

 琴剣さんはやなせ氏から「君の漫画は生きている! 相撲の漫画はしっかり頼むよ」と激励された言葉をずっと大切にし続けていた。

 やなせ氏が2013年に亡くなった時、琴剣さんはこう話していた。「やなせ先生におっしゃっていただいたように、漫画に命を吹き込めるならば、本当に素晴らしいですよね。勝った力士だけではなくて、負けた力士の絵にも命を吹き込んでエールを送りたい。土俵の土というのは、たとえ相撲とは違う道へ進んでも花を咲かせられる養分があると思っているんです」。言うまでもなく、琴剣さんも、土俵を降りてから「相撲漫画家」という「世界で一つだけの花」を咲かせた一人だ。

 親方衆や現役力士をはじめ多くの弔問客が訪れた29日の通夜。棺に収まった琴剣さんに涙で別れを告げ、御礼を言った。元気だった時と同じように優しい顔のままだった。霊山へと旅立つが、描き遺した漫画は、これからも生き続けていく。(甲斐 毅彦)

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