義足プロレスラー谷津嘉章、聖火リレーに込めた40年分の思い

スポーツ報知
第1区間の「史跡足利学校」入徳門前で聖火ランナーを務めた谷津嘉章(代表撮影)

 東京五輪の聖火リレーが28日、栃木県でスタートした。福島県に続いて2県目のリレーで、聖火は関東に入った。足利市では、1区9人目をプロレスラーの谷津嘉章(64)が務めた。一昨年に糖尿病の悪化で右足を切断しており、義足でのランとなったが、スポーツ報知の取材に「やみつきになる」と大喜びした。

 1980年のモスクワ五輪で「幻の金メダリスト」と呼ばれた谷津が、40年間の積年の思いを、聖火ランナーとして晴らした。出身は群馬県だが、栃木・足利工大付高でレスリングを始め、足利市は“原点”。史跡足利学校周辺の石畳を義足で踏みしめ、無事に走りきると「おーし」と声を上げた。

 「達成感から出た声でした。『やったー!』にも似た感覚ですかね。いろいろありましたからね、オリンピックに関しては。でも(聖火ランは)思いの外早く終わっちゃってね。余裕がなくて、平常心を失っちゃった。手を振るので精いっぱい。今日が予行練習で、本番でもう一回走りたいぐらいです」と笑った。

 76年モントリオール五輪のレスリングフリー90キロ級で8位入賞の成績を収めた谷津は、80年モスクワ五輪でも代表に選出され、金メダル候補とみられていた。しかし、日本はモスクワ五輪をボイコット。金メダルは幻のまま終わった。その年の10月、プロレスに転向。トップレスラーとして脚光を浴びたが「オリンピック=人生でしたから。長年、モスクワに出られなかった悔いはありました」と振り返った。

 2019年6月、糖尿病の悪化で右足の膝下7センチを残して切断。現在は義足での生活を送っている。昨年行われるはずだった聖火リレーは新型コロナの影響で延期に。それでも、義足でもまっすぐ走るための練習を続けてきた。

 「結局、生身の左足で支えているんです。だから均等にまっすぐ走るための訓練や筋トレをしなくちゃいけなかった。義足でもきれいに走れるというのをアピールしたくて、努力をしてきたつもりです。コースが石畳だったので、義足はきつかった部分があって、きれいに走るまではいけなかったかな。けど…まあ終わっただけでも十分。今日、五輪への区切りが付けられました」

 聖火を持って走ったことでモスクワへの思いに決着をつけ、前を向く。「また次の刺激を求めなきゃ。次は義足でプロレスをやりたい。リスクはあるだろうけど、達成感のほうが大きい。やみつきになりそうですよね、こういうの」(瀬戸 花音)

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