北澤豪と100万人の仲間たち<7>「デコボコの荒れ地と裸足の子どもたち」

スポーツ報知
カンボジアの小学校で歓迎を受ける北澤。子どもたちは裸足かサンダル履きだった=本人提供=

 元サッカー日本代表、北澤豪氏(52)。波瀾万丈の競技人生を疾走し、現在は世界の子どもたちを支援する環境づくりを目指している。その軌跡とビジョンを、ノンフィクション作家の平山讓氏が独占取材。毎月10日と25日に記事を公開していく。

 2001年1月、サッカーボールを心待ちにしているカンボジアの子どもたちがいるという2つの施設へと北澤豪は案内された。まず訪れたのは、国連支援交流財団東京支部が寄贈して完成したばかりのプレッツィ・ア小学校だった。マイクロバスの到着を、校門前の通りで両側に整列した子どもたちが拍手で出迎えてくれた。だがバスを降りて実際に子どもたちの傍を歩いてみると、喜んでくれるのかと思いきや、総じて表情は硬いままで視線を逸してしまう子が多かった。

「確かに年齢は小学生くらいなのに、日本の小学生みたいに親しげに戯れてくるような子どもらしい子どもはいないんです。無表情で、まるで何かを警戒しているようなよそよそしさがありました。聞けば、内戦や虐殺で両親とも亡くしている戦災孤児が多く集められた小学校とのことでした」

1979年以降、ポル・ポト政権は学校教育の禁止を断行し、すべての学校が廃校となった。校舎は破壊されるか政治犯収容所などに転用され、その政策への反対者とみなされた多くの市民が残虐な拷問を受けた後に処刑された。その数は数百万ともいわれ、なかには教員も数知れず含まれていたために教育が著しく後退した。さらには焚書政策によって書物の大半が焼却され、この小学校の児童350名のみならず、カンボジアのほとんどの子どもたちが校舎も教科書もないまま、なんの教育も受けられずにいた。

「サッカーボールを届けるという使命で僕はここへ来たんですけど、この国の子どもたちには足りないものだらけで、ボールどころではないんじゃないのかと思えました。だって、子どもたちは日本人から支給された制服こそ着ているんですけど、出迎えてくれたその足元を見たら、素足に古びたサンダルを履いている子が多くて、それさえ履けずに裸足の子もたくさんいるんですから」歓迎セレモニーが終わり、彼は子どもたちとサッカーをするグラウンドを確認しようとした。すると、そんなものはないと現地の職員にかぶりを振られた。

「グラウンドなどないから、マイクロバスが停まっている空き地でやれと言うんです。芝生どころか、土が剥きだしの荒れ地ですよ。こんなところで、どうやってサッカーをやればいいのって」

木柵で囲まれたそこは、長方形ではなく歪(いびつ)な形をした単なる空き地で、白線さえ引かれていなかった。しかも地面はところどころ盛り上がったり溝があったりと凹凸が激しく、彼は少年時代まで遡ってもこれほどの荒れ地で球を蹴ったことなどなかった。ボールが不規則に弾んだり曲がったりしては、パスやドリブルといった技術を教えることは困難に思えた。

「どうしたらいいのかわからなくなって、もう手っ取り早く、試合をやってもらっちゃうしかないなと」

全校児童から10名がすでに選抜されており、彼らはサッカーを教わる気でいるらしかった。だが北澤は自らが教えることをせず、その10名を5名ずつの2チームに分けた。ルールを知っているのかわからなかったが、ともかくも日本から持参したサッカーボールを、土が剥きだしの地面に置いた。そこにはサッカーゴールも設置されておらず、仕方なく校舎にあったスリッパ2足を借りてきて、それを1足ずつゴールに見立てて空き地の両端に置いた。

「このスリッパの間にボールを通したら1点だからと、それだけを説明して試合をしてもらったんです。メンバーは、小さな子も大きな子も、男の子も女の子もごちゃまぜです」

キックオフすると、思いもよらない子どもたちの行動に、彼は口を開けるほかなかった。試合は互いに楽しく交じりあおうとする融和的なところなどなく、遊びだというのに殺気立ってボールに群がっていった。やがて球捌(さば)きが多少上手な小柄な少年が、立て続けに2ゴールを決めた。すると相手チームの背の高い少年が、突然プレーをやめて空き地から去ろうとした。

「自分は上手くボールに触れず、一方的に負けているものだから、やってらんねえよ!みたいな感じで、ふて腐れて帰ろうとしたんです。本来なら僕がそれを止めて試合に引き戻さなければならなかったんですけど、唖然としてしまって動けずにいました。すると幼い少年が走っていって、なんで帰るんだよ!みたいに止めにいって」

押し問答の末に背の高い少年はどうにか試合に戻ってはきた。だが今度はその少年が相手チームの少年の脚を蹴ったり、激しくぶつかって倒したりとラフプレーをし始めた。

「試合前はおとなしく思えたカンボジアの子どもが、こんなにも過激にやるんだなと。ファウルの連続で、さすがに僕が止めに入ろうとすると、彼らが自分たちで喧々諤々(けんけんがくがく)と話しあいを始めたんです。ファウルを重ねていた少年が相手からも味方からも責められていました。大人や審判なんていなくても、ボール一つさえあれば、こんなにも興奮して、自分たちで問題を解決しながら真剣に試合ができるんだなと。そんな様子を見ているうちに、なんだかここには、サッカーの原型みたいなものがあるように思えてきました」

 それからも彼は口を挟まず、スリッパのゴールを目指して、裸足で激しくボールを蹴りあう子どもたちをしばらく見つめていた。(敬称略)=続く=

 〇…サッカーの日本代表×韓国代表戦(25日午後7時20分~日産スタジアム)が、日本テレビ系列で全国生中継される。解説は北澤氏。新型コロナ禍の影響により国内では1年4か月ぶりとなる代表戦で、森保JAPANはどんな戦いを見せるのか。プレーヤーズゲストの元日本代表MF稲本潤一(J2・SC相模原)とともに北澤氏の鋭い解説にも注目だ。

 ◆平山讓(ひらやま・ゆずる) 1968年、東京生まれ。作家。ノンフィクションや実話を基にした物語を数多く手がける。主な著書は「ありがとう」(講談社/東映系にて全国ロードショー)、「ファイブ」(幻冬舎/NHKにてドラマ化)、「4アウト」(新潮社)、「パラリンピックからの贈りもの」(PHP研究所)、「中田翔 逃げない心 プロ野球選手という仕事」(主婦と生活社)など多数。

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