大谷翔平がパドレス戦で「1番・投手」のリアル二刀流 5年前の「1番・投手」で先頭打者アーチをヒルマニアで再録する

先頭打者弾を放った大谷翔平(2016年7月3日)
先頭打者弾を放った大谷翔平(2016年7月3日)

 2016年7月3日、日本ハム時代の大谷翔平がソフトバンク戦に「1番・投手」で先発出場し、初回の初球を強振し、先制のプレーボール弾を放った。そのときのヒルマニアを再録する。

「1番・投手」での先発はプロ野球3人目、本塁打は史上初の快挙となった日本プロ野球で「1番・投手」での先発は、別掲の記録メモのように過去2人いる。44年の阪急・山田伝は俊足の正中堅手で、通常は1番打者。太平洋戦争末期の選手払底のため、投手で起用された。71年の外山義明は軟投派投手だったが、打撃には定評があり、最下位に低迷していたヤクルトの三原脩監督が起用を決断。試合後には「外山をできるだけ多く打たせようと思った」と笑っていたものだ。

 メジャーの「1番・投手」は完全に余興の産物だ。米国野球学会会員のJ・G・プレストン氏が1916年以降の試合成績を全てチェックした結果、「1番・投手」で先発出場した選手は2人いた。名内野手だったジャイアンツのアルビン・ダークは1953年の公式戦最終戦となった9月27日のパイレーツ戦で、1イニング2失点。次の回から三塁に回った。内外野を守れるツインズのシーザー・トーバーは1968年の本拠地最終戦となった9月22日のアスレチックス戦で、メジャー史上2人目の「1試合で全ポジションにつく」という“やらせ記録”のために「1番・投手」で先発出場。捕手、一塁と1イニングごとに守備位置を変えた。

 大リーグ史の中でも「1番・投手」でスタメン出場し、本塁打を放った選手は、おそらくいないだろう。

 ちなみに10勝&10本塁打の先駆者、ベーブ・ルースが投手として先発した147試合の内訳は、9番118、4番25、3番3、7番1だった。

 ※なお、この日のメジャーの公式ページによれば、※大リーグのレギュラーシーズンで先発投手が1番に入り2イニング以上投げたのは1901年9月30日、本職が外野手のジャイアンツのジム・ジョーンズ以来(5イニング、4打数無安打)だという。

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