地下鉄サリン事件被害者、オウムを撮る…映画「AGANAI 地下鉄サリン事件と私」

事件当日、サリンが散布された日比谷線に乗車した六本木駅に立つ、さかはらあつし監督(右)と荒木浩氏(Photo by Nori Matsui)
事件当日、サリンが散布された日比谷線に乗車した六本木駅に立つ、さかはらあつし監督(右)と荒木浩氏(Photo by Nori Matsui)
新幹線の中で語り合う、さかはら監督(右)と荒木氏
新幹線の中で語り合う、さかはら監督(右)と荒木氏

 1995年3月20日に発生した地下鉄サリン事件の被害者、さかはらあつし監督(54)が初めてメガホンを執ったドキュメンタリー映画「AGANAI 地下鉄サリン事件と私」が、事件からちょうど26年となる20日から、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムなどで公開される。今も後遺症に苦しみながら、撮影から6年の歳月をかけて映画を完成させた執念は、どこにあったのだろうか。(高柳 哲人)

 撮影が行われたのは、2015年の3月。金銭面の理由などで、上映までに時間がかかることは「映画あるある」だが、本作の場合は事情がやや異なる。「編集が納得いかず、一度できたものを全部ナシにして、一から編集をし直すことを大きく2回しました」。100時間もの映像を何度も見直し、こだわったのは未曽有の大事件を、被害者がドキュメンタリーとして描くことへの責任感だった。

 会社員当時、出勤途中に地下鉄日比谷線のサリンが散布された車両に乗り合わせた。今も悩まされている手足のしびれや睡眠障害、体力低下などの後遺症が原因で、広告代理店を退職。その後、米国でMBAを取得し、作家、経営コンサルタントとして活動してきたが、学生時代から映画製作への興味もあった。「僕が映画を撮るのであれば、僕じゃないとつくれないものでなければいけない。そこは、やっぱりオウムしかなかったんです」

 作品はオウム真理教の後継団体・アレフの荒木浩広報部長と連れ立って、2人の故郷などを訪問するというロードムービー調で進んでいく。時には荒木氏の心の中を鋭くえぐるように、また別の時には親友の相談に乗るかのようにして本心を引き出そうとする。

 「荒木氏には『人』として会おうという気持ちで撮影に臨みました。批判はあるかもしれませんが、僕の哲学として彼を叩くのではなく、『彼の中にあるオウム』を叩いてみようと思った。被害者が友人の立場に立って、話してみようかということです。だからこそ、きつい言葉で、あつかましく彼の中に入っていけた」。あらかじめ質問を決めず、その場で頭に浮かんだことを問いかける。全てではないが、荒木氏の真実の言葉を聞けたと考えている。

 さかはら監督と荒木氏は、共に丹波地方出身。交流はなかったものの、ほぼ同じ時期に京都大学で学んでいた(さかはら監督が経済学部、荒木氏は文学部)。「他に顔出しで映画に出てくれる人がいなかったから」と偶然を強調するが、共通点を知ったことで「彼と自分は、どこが違ったのか」と考えさせられた。

 「荒木さんが大学に入った時には、あらゆる選択肢があったと思います。でも、学生生活の中でオウムに出合い、『チェックメイト』を受けてしまった。誰でも、油断をしていたら同じように信者となってしまう可能性があるんだよ、ということです。この映画が、その注意喚起にもなってくれたら」

 地下鉄サリン事件から四半世紀が過ぎた。最近の若者にとって、事件は「教科書の中の出来事」となってしまい、オウム真理教を知らない世代も増えた。近年はアレフに若い信者が増えているという話もある。加えて、昨年からの新型コロナウイルスによる世界の変化は、社会に閉塞(へいそく)感を与えている。この時期に公開が決まったことに運命を感じているのだろうか。

 「運命というと、ある意味、宗教的で危ないかもしれないけれど、巡り合わせという意味では興味深い点はあります。波乱に富んだ自分の人生にとっての妙味です。ただ、このコロナの状況において、さまざまな状況が垂れ流しになっているのは非常に危険だと思う。コロナ禍での生活は、カルトに陥りやすいところがあると思いますが、そこは踏みとどまってほしいですね」

 ◆「AGANAI 地下鉄サリン事件と私」 1995年3月20日に発生した地下鉄サリン事件当日、地下鉄日比谷線で事件に遭遇し、被害者となった「私」は事件から20年後、オウム真理教に向き合うことを決意。交渉の末、後継団体アレフの荒木浩広報部長の取材許可を得る。2人で、それぞれの故郷や出身の京大などを巡る中、荒木氏は子供の頃の思い出やオウム真理教との出会い、死生観について話し始める。114分。

 ◆さかはら あつし 本名・阪原淳。1966年8月27日、京都府京丹波町出身。54歳。滋賀大中退後に京大経済学部に入学。卒業後、電通に入社。95年、地下鉄サリン事件の被害者となって同社を退社し、96年に渡米、カリフォルニア大バークレー校でMBAを取得。作家として「小さくても勝てます」「直線は最短か? 当たり前を疑い創造的に答えを見つける実践弁証法入門」などを出版。

 ◆地下鉄サリン事件 1995年3月20日、オウム真理教が起こした無差別テロ事件。営団地下鉄(現・東京メトロ)丸ノ内線、日比谷線、千代田線の計5列車内で午前8時頃、化学兵器であるサリンを信者が散布した。これにより乗客や駅員ら14人が死亡、重軽傷者は6000人以上に及んだ。2018年7月、首謀者とされた松本智津夫死刑囚=教祖名・麻原彰晃=ら事件に関与した者を含む計13人の死刑囚の刑が執行された。

事件当日、サリンが散布された日比谷線に乗車した六本木駅に立つ、さかはらあつし監督(右)と荒木浩氏(Photo by Nori Matsui)
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