阪神大震災でも東日本大震災でも被災したマーティ・キーナート氏が取り組んでいること

マーティ・キーナート氏
マーティ・キーナート氏
東日本大震災で家族を亡くした人たちとの交流を続けているキーナート氏(右)。左から3人目は仙台大の朴沢理事長
東日本大震災で家族を亡くした人たちとの交流を続けているキーナート氏(右)。左から3人目は仙台大の朴沢理事長

 白髪の紳士は、少しさみしそうに言った。「僕のそばにいると、地震や災害が起こる。そう言う人もいるね」。1995年1月の阪神大震災では、神戸市内の自宅や経営していた複数の飲食店が全壊。2011年3月の東日本大震災は仙台市内の自宅で被災した経験を持つ。そのため知人から「危ない人」と言われた経験もあるという。

 その人物とはマーティ・キーナート氏(74)。1968年に米スタンフォード大を卒業後、慶大に留学。慶大卒業後は、スポーツ用品メーカーのデサントで副社長補佐を務めるなど、日本で幅広く活躍してきた。2004年にはプロ野球の楽天で初代GMを務め、現在はバスケットボールB2の仙台89ERSでオーナー代行の肩書きを持つ。

 東日本大震災発生時は、仙台大で副学長も務めていた。当時、仙台大では3人の学生が、それぞれの自宅で津波にのまれた。教え子の訃報を聞いた時は本当にショックだったという。「卒業してほしかったし、楽しい人生を送ってほしかった。それぞれが、いいものを持っていた」。

 失われた未来を思うと、ただ悲しかった。涙をふいた後、決めたことがある。遺族を支えるということだ。「ずっと、家族をテイクケア(気遣おう)と思った。僕たちは、ずっと忘れていませんよ、って伝えたかった」。

 11年以降はほぼ毎年、遺族を食事会に招いた。一緒に楽天の試合を見に行ったことも、自宅に招待したこともある。昨年はコロナ禍で食事会の開催を断念したが、仙台89ERSの試合を観戦。ずっと交流を深めてきた。

 今年3月14日も、ゼビオアリーナ仙台へ遺族を招待し、仙台89ERS対青森ワッツの試合をともに観戦した。10年前、仙台大の学生だった長女の加奈子さん(享年20)を津波で亡くした佐藤道徳さん(62)は「大学で少しお世話になっただけなのに、ずっと交流し続けるのは日本人でも難しいと思う。その心の広さに、頭が下がります」と感謝しきりだった。

 実はキーナート氏自身も、阪神大震災後、東日本大震災後、様々な支援を受けたのだという。「たくさん、援助してもらったね。だから、お金は遺族のために使うべきだと思って。これからも、ずっとやっていきたいと思っています」。周囲の支えに感謝した経験があるからこそ、可能な限り支援活動を継続するつもりだ。

 今年7月に75歳の誕生日を迎えるキーナート氏。現在、仙台大ではシニアアドバイザーを務めているが、今後も仕事は続けるという。「僕のことを『危ない人』だという人には、こう言ってるんです。『マーティのそばにいた方がいいよ』と。だって、震災があっても生き残れる人だから。どんなことがあっても大丈夫」。屈託のない笑顔が、印象的だった。この笑顔で、これからも多くの人を救うのだろう。(東北支局・高橋 宏磁)

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東日本大震災で家族を亡くした人たちとの交流を続けているキーナート氏(右)。左から3人目は仙台大の朴沢理事長
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